仏教学者安田理深 は 「下総たより ある老人の問と答」 (文明堂) で
「生死の中にあるのが自分であるが、信心は生死を超えておる。信心が主人公であるから、信心が仏法を生活する。信心が浄土の生活者。穢土にあって浄土の生活。・・・この信心を獲ることが御利益。・・・ 」といい、臨済宗円覚寺管長をされた朝比奈宗源老師も「人間はだれでも「生死」を超えた無始無終の『仏心』の中に生かされている。いたずらに不安に苦しみ悩むことはない。」(「仏心の信心」)とおっしゃっています。信心が主人公で自分はその下にいるのです。こういう気持ちに直ぐにはなれなくても「衆生無辺誓願度」と唱え続けていれば段々と信心が主人公になっていくようにも思います。
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