福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

両部神道論・・・その7

2014-10-15 | 法話
Q、両部神道の名の由来
A,(慈雲尊者の神道私記によれば)「・・伊勢神宮の内外両宮を胎金両部に配置するをもって両部神道というのではなく、金胎両部の深い意味が神祇の幽旨に合致するが故に真言天台の祖師が金胎両部の密教を以て神祇を祭祀し法楽する、これを両部神道というのである。神皇正統記には『・・真言宗を神通乗という、・・諸教に越えたる極秘密と思へり。就中我が国は神代よりの縁起、此の真言宗の所説に符号せり。・・相応の宗というも理りにや云々』。また弘仁十四年嵯峨天皇大師を高野山より召し下さしめて中務省に安宿せしめ、あるとき問ひたまはわく『師、遠く蒼海を越へ明師に知遇し請来するところの密教の中、印多しと聞く、朕前代より伝来の即位の大事あり。密教の中、この印ありや』と問ひたまへふ。大師これを拝見するに全く密教の玄旨に契合す。則ち、その玄旨を宣べるに上皇大いに感じたまひ、その後、相伝の神道を大師に授けたまふ。之を御流神道といふ。両部の深旨に冥合して行ずるゆえに両部神道ともいふ。」
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