福聚講

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地蔵菩薩三国霊験記 6/14巻の15/22

2024-08-27 | 先祖供養

地蔵菩薩三国霊験記 6/14巻の15/22

十五、  地蔵看病し給事

鎌倉に真観法師(鎌倉時代末期から南北朝時代。時宗四条派の祖。後伏見上皇の女御広義門院藤原寧子の安産を願って霊験があり、後の北朝初代光厳天皇が誕生。鎌倉極楽寺の忍性に密教,紀伊興国寺の心地覚心に禅法を学んでいる)とて密宗の明匠あり。歳八旬に及びければ壮年の俊傑のありしを弟子秘法をも傳授し印信をも許さんと思ひけれども十九歳になるまで灌頂をもゆるさずありしに老躰の上に風氣に犯され漸く傳法互ひに空しからんとぞ見へし。されば法灯消る事を歎き弟子等に向て申されれるは、炎魔天に供して命をのべ此の僧に灌頂さずけ恵命をつがんとぞ思由申し合わす。弟子共此の御年にて延命の祈り入り聞もすべからざる然とぞ諫めける。されども法印申されしは我命の惜きにはあらず法命をこそをしめ、人はいかにもいへ、痛きことなし法の為百日の命を申請しに炎王などかたまわらざらんとて行法始めさせけり。丹誠虚しからず心地例さまに成りて正月十四日はに印信傳授してけり。さて自身は密教の要を傳へて彌陀地蔵同躰の習を知れり。然れば大乗の法にあへるしるしに地蔵薩埵に随逐し奉て光明真言を誦して地獄の衆生を加持せんと思ふなり。されば何の日死すとも二十四日に我月忌をすべしと各弟子等に申し含めり。さるほどに聖、財寶なんど分けあたへ没後中陰の用意を申し置てけり。然るに老病の長日に及びければ看病の弟子も漸く稀になりぬとき、若き僧の皃儀(けいぎ・相貌)厳(いつく)しきが何事も思ふ如くに看病す。法印あまりいつくしさにこれは何なる人ぞと問玉へども他人の目には見へざりければ或は不思議の想ひをなす中に上足の弟子申しけるは、其れ定めて地蔵尊にてぞ在すらん。我等の愚眼は近きと雖も而も見へざらめしと申す。法印實(げ)にもとをもはるるぞ常に錫杖の音耳に聞玉ふぞやと感涙を流さる。さて正月廿四日端座して弟子共に弥陀の大呪(のうぼう あらたんのう たらやぁや のうまく ありや みたあばぁや たたぎゃたや あらかてぃ さんみゃく さんぼだや たにゃた おん あみりてい

あみりとう どはんべい あみりた さんばべい あみりた ぎゃらべい あみりた しってい あみりた ていせいあみりた びきらんでぃあみりた びきらんだ ぎゃみねぃ あみりた ぎゃぎゃのぅ きちきゃれぃあみりた どんどび そばれぃさらば あらた さたねぃさらば きゃらま きれぃ しゃきしゃよぅ きゃれぃ そわか)地蔵の宝号(おんかかかびさんまえいそわか)なんど唱へさせて禅定に入るごとくにして終わりぬ。又凢そ諸佛菩薩内證外用を論ずるに内證は自證法身の全躰也。外用の諸尊は毘盧の一徳を司り悲願本誓各別にして万機を利益し給ふ事前後唯揆一(きつ・方法が同じ)なり。然りと雖も此の地蔵薩埵は闡提救世の願を発し釈尊付属の遺文を受けて無佛世界の導師として悪趣の利益を先とし玉ふ事諸の佛菩薩に超過し玉へり(地藏菩薩本願經卷上 分身集會品第二「汝當に吾忉利天宮にありて殷勤に付囑せしことを憶念して、娑婆世界に彌勒出世に至る已來の衆生を悉く解脱せしめ永く諸苦を離れ佛の授記に遇わしむべし」」)さるほどに十輪経には十方恒沙の菩薩を百劫供養せんよりは地蔵の所にして一食の間念誦せんに如かずとこそ説き玉へり(大方廣十輪經卷一序品第一「善男子。彌勒・文殊・觀世音・普賢等而爲上首如是等恒河沙諸大菩薩。若人於百劫中。禮敬供養欲求所願。不如於一食頃禮拜供養地藏菩薩。功徳甚多所願速得皆悉滿足」)。釈尊も其の器を見そなはしてこそ二佛中間の衆生をば譲りをきて入滅し玉ひき。久住娑婆の菩薩恒沙の如く顕はれ妙用辨才雲の如く在せども択出されて付法の任に當玉ふ、されば滅後當職の能化濁世末代の師、豈争論あるべきにや。その故は釈尊一代の教主にて在すが化縁の薪尽きて寂光本覚都に皈給へり。常在霊鷲山(妙法蓮華經如來壽量品第十六「於阿僧祇劫 常在靈鷲山 及餘諸住處  衆生見劫盡 大火所燒時  我此土安隱 天人常充滿」)の色身も我等がためには隔たりぬ。弥陀六八の弘願も十万億の國をへだてて華寶閣の間に在せば三心念佛の機(阿弥陀仏の浄土に往生する者が持つべき三種の心で、至誠心・深心・回向発願心)ならず。摂取の光明にももれぬべきに、地蔵薩埵は慈悲深重の故に浄土にも居し玉はず有縁つきざれば入滅をも唱へ給はず。唯悪趣を以て栖とし罪人を友とす。獨尊も三乗の根の熟するを待玉ひ八相の化儀を示し彌陀も念佛衆善の功をつもれる冥目のきざみにこそ三尊の来迎をもたれ給へ此の菩薩は根の熟不にかかはらず臨終の夕ともいはず、長(とこしへ)に六趣の巷に立ちて且暮(まさにくれんとする)に四生の族にそふて縁なき衆生をも強て救ひ玉ふ。況や一沙一塵の纔なる善根もあれば竜の水を得、虎の山によるがごとし。八寒八熱泥梨の苦患をたすけ、人中天上諸佛の浄土へをくり給ふをや。我浄土は上品は安養知足、中は伽羅陀山補陀落山、下は福舎人天の善趣なりとこその給ふなれ。末代の愚痴の道俗當来の生處悪趣のがれがたし。誰か此の尊に功を入れ志をはこばざらん。誠に信ずべき也。

引証。本願經に云、爾時世尊金色の臂を舒て百千萬億不可思不可議不可量不可説無量阿僧祇世界諸分身地藏菩薩摩訶薩の頂を摩て而して是言を作さく、吾五濁惡世に於て如是の剛彊衆生を教化して心を調伏せしめ邪を捨て正に歸するは十にして一二有り。尚ほ惡習在り。吾亦た身を千百億に分って廣く方便を設くと云々。汝、吾が累劫に勤苦して如是等の難化剛彊罪苦の衆生を度脱するを觀よ。業報の應に隨って若し惡趣に墜ちて大苦を受る時、汝當に憶念すべし、吾忉利天宮に在りて殷勤に付囑することを。娑婆世界をして彌勒出世に至る已來の衆生を悉く解脱せしめ永む諸苦を離れて佛の授記に遇はしめよと(地藏菩薩本願經・分身集會品第二「爾時世尊舒金色臂。摩百千萬億不可思不可議不可量不可説無量阿僧祇世界諸分身地藏菩薩摩訶薩頂。而作是言。吾於五濁惡世。教化如是剛彊衆生。令心調伏捨邪歸正。十有一二尚惡習在。吾亦分身千百億廣設方便。或有利根聞即信受。或有善果勤勸成就。或有暗鈍久化方歸。或有業重不生敬仰。如是等輩衆生。各各差別分身度脱。或現男子身或現女人身。或現天龍身或現神鬼身。或現山林川原河池泉井。利及於人悉皆度脱。或現天帝身或現梵王身。或現轉輪王身或現居士身。或現國王身或現宰輔身。或現官屬身。或現比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷身。乃至聲聞・羅漢・辟支佛・菩薩等身。而以化度。非但佛身獨現其前。汝觀吾累劫勤苦。度脱如是等難化剛彊罪苦衆生。其有未調伏者隨業報應。若墮惡趣受大苦時。汝當憶念。吾在忉利天宮殷勤付囑。令娑婆世界至彌勒出世已來衆生。悉使解脱永離諸苦遇佛授記」)。

 

 

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