福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

天皇陛下の御即位灌頂について・・1

2019-03-01 | 法話
平成天皇のご譲位と新天皇のご即位の礼がまじかです。かなわぬ願いですが、どうかしていつかは千数百年も続いた御即位灌頂を復活させたいものです。

即位灌頂は、天皇陛下御即位時に摂関家(主に二条家)または密教僧から大日如来(または金輪佛頂尊との説も)の印明の伝授を受けるという秘儀。秘儀のため記録が残っていないが、そもそも御大師様と嵯峨天皇の印明交換に始まるとの説もあります(後述)。記録が残っているのは最も古いものでは大江匡房の「後三条院御即位記」で、これによれば即位時(1068)、後三条天皇は笏を持たず、大日如来の印を結ばれていたと書かれています。(注1、注2)
その後、延々と江戸末期の孝明天皇の 弘化4(1847)即位時まで続いています(「中世の即位灌頂と天皇」松本郁代)。


注1、大 江 匡 房 記 『 後 三 条 院 御 即 位 記 』 に「 又 ( 三条院)即位時は 、 小 安殿より 笏を端し、歩 行 云 々 、今の 度 は 然らず 、主 上 (後三条天皇)此 間手を 結び 、 大 日 如 来の 智 拳 印の如し 」と 記 さ れ て い ます。)


(注2、後三条天皇は成尊僧都を私淑されていたので僧都の進言により即位灌頂をされたと思われます。以下「御即位灌頂 冨田斆純(11代豊山派管長)」より
「・・国民思想が全く密教の現代的祈祷によって満足せられたる時に英明の後三条天皇は出で給ふた。・・その即位の大礼を行わせ給ふや、小安殿より太極殿に進み給ふときより大日如来の智拳印を結び給ふた、・・・伝灯廣録によると「延久帝(後三条天皇)、儲位にあり、尊(成尊)を以て法友と為す、護持偏に尊に憑り、託するに運祚を詔す、治歴の始め宮に入って
、儲君を見る、春宮鏡に対し、尊に謂て曰く、吁年已に老矣と、白鬚数茎をもって尊に給う
ふ。尊語無くして退き、愛染王供を修し譲位を祈る、明王の冠獅子血を吐き炉壇に濯ぐ、帝いくばくもならずして即位す、これによって國師と為し、寵遇倍々渥し。」と。・・・これより先成尊僧都は康平三年に天皇の命に応じて、付法傳纂要鈔一巻を撰して奉った。その中には真言密教の殊勝なることを、一、灌頂殊勝、二、受法殊勝、三、梵文殊勝、四、相承殊勝、五、誓願殊勝、六、宝珠殊勝、七、道具殊勝、八、入定殊勝 九、法則殊勝、十、外護殊勝。の十種に分って説いている、而して結文に「今遍照金剛(大日如来)日域に鎮住す、金輪聖王の福を増し、天照尊と神号す、刹を大日本国と名ける乎、自然理なり、自然に名を立つ、誠に職はこれによる矣。」と言はれておる。しかれば成尊僧都は真言密教は我が日本帝国には自然に契れた教理であるとの見地に立って治国平天下の要道、君民一致の真意義・・を説いたのである。・・」
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