七里恒順師の言葉に
「寺ありとも、仏法なくんば魔の巣窟なり。寺なくとも、仏法あれば仏の道場なり」
とあります。寺院・僧侶の退廃を嘆く声はそこここにあります。しかし御大師様は(退廃していても)寺院や僧侶を敬うべし、とされています。
「僧尼あるがゆえに仏法絶えず、仏法存するがゆえに人見る目を開く、眼明らかにして正道を行ず。正路に遊ぶがゆえに涅槃にいたる。(秘蔵宝鑰)」
「もしは菩薩、もしは声聞、凡聖を論ぜず、持破(持戒破戒)をえらばず、経論を誦持して人に智慧を授くる者みな是僧宝と名つ゛く(性霊集八)」
「閑房に摂念して無明断じ、蘭室に香を焚いて讃の響きを暢ぶ。(寺の静かな室内で観法に専念し、香を焚いて声明を詠ずる。性霊集巻十)
しかし余りの破戒ぶりは自滅の元ですが・・・
「寺ありとも、仏法なくんば魔の巣窟なり。寺なくとも、仏法あれば仏の道場なり」
とあります。寺院・僧侶の退廃を嘆く声はそこここにあります。しかし御大師様は(退廃していても)寺院や僧侶を敬うべし、とされています。
「僧尼あるがゆえに仏法絶えず、仏法存するがゆえに人見る目を開く、眼明らかにして正道を行ず。正路に遊ぶがゆえに涅槃にいたる。(秘蔵宝鑰)」
「もしは菩薩、もしは声聞、凡聖を論ぜず、持破(持戒破戒)をえらばず、経論を誦持して人に智慧を授くる者みな是僧宝と名つ゛く(性霊集八)」
「閑房に摂念して無明断じ、蘭室に香を焚いて讃の響きを暢ぶ。(寺の静かな室内で観法に専念し、香を焚いて声明を詠ずる。性霊集巻十)
しかし余りの破戒ぶりは自滅の元ですが・・・