史料綜覧巻七 / 応永三十二年1425十一月五日条(
「五日 地震 尋デ 諸寺ヲシテ祈禳セシメラル 上皇モ亦祈禳セシメラレ 義持モ亦祈禳セシム」
この頃は称光天皇は病弱で後小松上皇が院政。皇室に実権が無くても庶民への地震の影響を心配され諸国にまで祈願させられるお姿は貴いものです。
この前後の年は特に大地震の記録はありません。
史料綜覧巻七 / 応永三十二年1425十一月五日条(
「五日 地震 尋デ 諸寺ヲシテ祈禳セシメラル 上皇モ亦祈禳セシメラレ 義持モ亦祈禳セシム」
この頃は称光天皇は病弱で後小松上皇が院政。皇室に実権が無くても庶民への地震の影響を心配され諸国にまで祈願させられるお姿は貴いものです。
この前後の年は特に大地震の記録はありません。