第三十一章、両部神道論(私に付けたり)・・40
真言密教を語る時、両部神道は必須と思われます。
御大師様は東寺にはお稲荷様、八幡様を勧請し、高野山には四社明神をお祀りされています。
ここからだけでも密教と神道は切り離せないことがわかります。まして伊勢神宮には何度もお参りされ伊勢神宮内宮の奥の院とされる金剛証寺は、大師が中興の祖とされ御自刻の雨宝童子がお祀りされています。奥の院とされる庫蔵寺は、大師建立とされます。また元寇のときは伊勢神宮では真言僧叡尊が何度も祈祷をして効験を験しています。
密教辞典から引用します。「両部神道:大師流神道。神仏習合による神道の一派で、密教の思想から出た。伊勢神宮を金胎両部の大日の垂迹とする説。大師作と伝えられる「天地麗気記」「雨宮形文深釈」が詳細に両部神道を解説し伊勢内宮天照大神を胎蔵大日如来とし、胎蔵曼荼羅に象って四重に玉垣・瑞垣・荒垣を回らし、九尊に象って鰹木も九個、中台八葉院に因んで八乙女が神楽を奏する、と。外宮豊受皇太神は金剛界大日如来で金剛界曼荼羅の五智に因んで五人の神楽人とする・・。」
1、「天地麗気記(伝、弘法大師著)」にみる天照大神以前の根源神、天神7代、地祇5代の本地です。
①天神7代とは「 天神七葉は過去七佛(釈迦様出生以前の七仏)・・(天地麗気記)」にあることを勘案すると以下のように本地があると思われます。(なお「天地麗気記」等の他の記述も参考に本地を書きました。)
1国之常立神・・・大毘盧遮那仏(如意宝珠・浄菩提心の玉)
2国狭槌(くにのさつち)尊・・毘盧遮那仏
3豊雲野神尊・・・盧遮那仏
4埿土煑尊(うひぢにのみこと)・・毘婆尸仏。沙土煑尊(すひぢにのみこと)・・尸棄佛
5大戸之道尊(おおとのじのみこと)・・倶留孫仏。大戸之部尊・・毘葉羅仏(熊野では不動明王)。
6面足尊・・狗那含牟尼仏(熊野では釈迦如来、多聞天)惶根尊(かしこねのみこと)・・弥勒仏
7伊奘諾尊(いざなきのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと))・・諾は金大日・冉は胎大日。(伊勢神宮では諾は金剛薩埵、熊野では諾は薬師、冉は千手観音。)
②地祇5代とは「地神五葉は、賢劫の四佛4(倶留孫仏・倶那含牟尼仏・迦葉仏・釈迦仏)
に舎那(毘盧遮那)を加増へて五葉と為り・・(天地麗気記)」にあるようにさきの過去7仏の後半の仏と重なります。
1天照大神・・・毘盧遮那(胎大日、十一面観音・如意輪との別伝あり。熊野では十一面観音)
2天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)・・・倶留孫仏(熊野では地蔵菩薩)
3瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)・・・倶那含牟尼仏(熊野では竜樹菩薩)
4彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)・・・迦葉仏(熊野では如意輪観音)
5草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと) ・・釈迦仏(熊野では聖観音)
2、傳、弘法大師御作とされる「神祇通用之祭文」には以下のように神仏一体を説いています。
「酒を供え、香華を供える。
敬って天神地祇にもうしてもうさく。それ体有る者は心識を含み、心あるものは佛性を具す。佛性は法界に遍じて不二なり。自心他身全く一味平等なり。天と謂ひ地と曰ひ、真佛の惣體なり。内と謂ひ外と謂ふは心の別執なり。之を悟れば常に五智の蓮臺に遊び、之に迷へば常に三途の土泥に沈む。大悲大日如来獨り三昧の妙證を鑑みて六趣の塗炭を見たまふ。故に諸神等はこれ大日の化現なり。衆生済度のために跡を萬法に垂らし、化を六道に施さしむ。ここをもって神は六道の父母なり、人は神の子孫なり。神独り尊とからず。人の法施を待って威光を増し、人獨り樂しからず、神の擁護を蒙って悉地を成ず。故に乾坤遥かなりといえども志を運び奉れば影の形に随うが如し。神霊隠れたりといえども、信を致せば空しきこと無きこと響きの聲に応ずるが如し。爾に(護持某甲)意に任せて祈念を致す。所望を意樂のうちに成じ、諸災を未然の外に拂はしめたまへ。謹請再拝再拝。
次、心経三巻
次、諸神真言、オン、ロキャロキャ、キャラヤ、ソワカ(梵字)
毎日法施已上畢」
3、ちなみに廃仏毀釈以前は、神様には必ず本地佛があり、殆どの社寺は一体で建立され礼拝されていました。日本人は千数百年間神仏一体で拝んできたのです。