今昔物語巻四第十九話 「天竺の僧房の天井の鼠、経を聞きて益を得る語」
「今昔、天竺に、仏、涅槃に入給て後、一の房に比丘住せり。常に法花経を誦し奉る。其の房の天井の上に五百の老鼠有て、日々夜々に此の法花経を聞き奉り、数(あまた)の年を経たり。其の時に、其の所に六十の狸出来て、此の五百の老鼠を皆な喰ひつ。其の鼠、五百乍ら忉利天に生れぬ。天の命尽て、皆人界に生れぬ。舎利弗尊者に値て、阿羅漢果を証して、終に悪道に堕ちず、弥勒の出世の時生れて、仏の記別に預りて、衆生を利益すべし。鼠ら、経を聞き奉るに、此の如し。何ぞ況んや、人、誠の心を至して、法花経を聞き奉て、一心に信仰せむに、更に道を成じ、亦三悪道を離れむ事、疑ふべからず。抑も、外典(抱朴子、内篇・対俗篇)に云ふ様、『白き鼠は命三百歳有り。一百歳より身の色白く成ぬ。其の後は、善く一年の内の吉凶の事を知り、千里の内の善悪の事を悟る。其の名をば神鼠と云ふ』。
然れば、経を聞き奉て、道を得る事も有る也となむ、語り伝へたるとや。」
(法華経方便品に「若し法を聞く者は 一として成仏せざるは無し」。)