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日々の恐怖 5月5日 記念樹

2015-05-05 19:09:13 | B,日々の恐怖


   日々の恐怖 5月5日 記念樹


 俺が子供の頃体験した話です。
俺が物心ついた頃から、うちの庭にはよく、女の子が入ってきた。
歳は10歳ぐらいで、ニコニコと笑って俺の遊び相手になってくれた。
両親が共働きだったから、一人で留守番することも多く、そんなときはいつもその子と遊んでいた。
 女の子は両親には見えないらしく、

「 おねーちゃんと遊んでる。」

なんて母親に言っても、

「 どこにいるの?」

って返事ばかり。
 でも、そんなのは子供にとってはどうでもいい事だったのだろう。
俺はあまり気にせず、そういうもんなんだと当時は思っていた。

 女の子は決まって、庭の一本の木の近くで遊んでくれた。
木登りしてみせてくれたり、虫を捕まえたり。木陰で一緒に昼寝したりもした。
近所にあまり同世代の子供がいなかったせいもあり、歳は離れていたがとても良い友達のような関係だった。
 だが、小学校に入り、社会性が芽生えてくると、周りと違うという気持ちが出始めた。女の子とはあまり遊ばなくなり、たまに遊んだときも、

「 ねえ、なんでほかの人には見えないの?」

と、しつこく女の子に聞いたりした。
そんなときは決まって、女の子はごめんねと困ったような笑顔で木の陰に隠れてしまい、それっきり消えてしまうのが常だった。
 でも、たまには無性に女の子と遊びたくなり、追いかけっこしたり、地面に棒で絵を書いたりして無邪気に遊ぶこともあった。
友達というよりは、兄弟に近い関係だったのかもしれない。

 そんな日々を過ごし、2年生になる直前の3月、俺は一家で引っ越すことになった。
父親の転勤が急遽決まったということで、慌しく引越しの準備をした。
 女の子は、それを寂しそうに眺めていた。
俺も女の子と別れるのがつらく、準備を手伝うことでそれを紛らわそうとしていたが、こらえきれずとうとう泣き出してしまった。
 普段、仕事でいつも遅くまで帰ってこない父親も、当然引越しの準備をしていたが、俺の泣いている様子を見て優しく声をかけてきた。

「 ○○、寂しいかもしれないけど、あっちの家は広くて、新しくて、きっと楽しいぞ。」

違う、そんなんじゃない、と俺は更に泣いた。
あそこにいる子と会えなくなるのが嫌なんだ、あの木のところにいる女の子だよ、と。

 父親の動きが一瞬止まって、木のところをゆっくりと見た。
そして、父親の目から涙がつーっと垂れてきた。

「 お前、ずっといたのか。
そうか、その木、お前の木だもんな。」

父親がそういうと、女の子はニコニコ笑って答えた。

「 そうだよ、パパが植えてくれたんだよ、私の記念樹。」

そう言うと、女の子の身体がすぅっと浮き上がり始めた。
 母親も呆気にとられてその様子を見ている。
父親は女の子に叫んだ。

「 ずっと○○を見ててくれたんだな。
ありがとう。
ごめんな、気づいてやれなくて。」

女の子はニッコリと微笑んで、空に浮かんで、消えた。
 俺はなぜかその時、

“ ああもう、この子とは二度と会えないんだな。”

と思った。
だけど不思議と悲しくはなく、人生で初めての切ないという気持ちになった。
 後で聞いた話だが、父親と母親は再婚して、俺が生まれた。
父親は初婚が早かった。
いわゆるデキ婚だ。
 生まれた娘は10歳のとき、交通事故で死んでしまった。
娘を失って大きな喪失感を味わった父親と前の奥さんは、それが原因で離婚していた。
 女の子とよく遊んだあの木は、娘が生まれたときに父親が植えた記念樹だった。
そういえば、女の子と遊んでいるとき、女の子はよく言った。

「 これ、私の木なんだよ。」

引っ越したあとも、記念樹は新しい住人によって大切に育てられている。
今でもたまに立ち寄ると、当時のことを思い出して、懐かしさと切なさがこみあげてくる。










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