大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 5月21日 写真

2015-05-21 20:48:14 | B,日々の恐怖


   日々の恐怖 5月21日 写真


 大学生の頃、警備員のバイトをしていたんだが、ある冬にスーパーの夜間の巡回警備を任された。
巡回警備なんてやったことはなかったが、店に行って店長に話を聞くと、そのスーパーは24時間営業のため、夜になると近所のホームレス達が暖を取りに来るらしい。
 店のイメージが悪くならないように、そのホームレス達を追い出してほしいということだった。
警備の期間は12月の21日から25日の五日間だった。


 まず一日目、さっそく数人のホームレスを追い出した。
彼らは耳や足が悪い人ばかりで、障害者を寒空の下に追いやるのは気が引けたが、それが仕事だから仕方ない。
そして最後に、50歳くらいのおばさんのホームレスの対応をすることにしたんだが、このおばさんがちょっとした有名人らしく、店長からもあの女を何とかしてくれと言われていた。
 と言うのも、そのおばさんはスーパーで万引きした服を着て、万引きした惣菜を食べ、万引きした化粧品でメイクをし、万引きした香水の香りを振りまくという人物だった。
警察には何度も通報したらしいが、万引きの瞬間がカメラに映っていない、一人二人の証言では逮捕できないなどと言われ、何もしてくれなかったらしい。
 俺はそのおばさんと話をしようと近付いていったが、おばさんは俺を見ると早足で逃げてしまう。
結局、走らない鬼ごっこをして初日を終えた。


 二日目、おばさんは俺が怖くないと判断したのか、こちらが近づいても逃げることなく俺を罵倒し始めた。

「 警備員の癖に貧相だ。」
「 男の癖に眉毛をいじるなんてオカマか。」

と見た目の悪口から始まり、

「 あんたの卑怯さはみんなが知ってる。」

などと意味不明なことも言われた。
 おばさんを刺激すると面倒なことになりそうだったので、俺はへらへら笑いながら相槌を打っていた。
一通り罵倒を聞き終えたところで、

「 買い物をされないなら退店してほしい、と店長が申してまして・・。」

と伝えると、おばさんは財布を取り出して見せ、再び俺やスーパーを罵倒し始めた。
おばさんは意外と頭の回転が早く、打つ手が無くなった俺はおばさんの悪口を笑顔で聞いていた。


 三日目、おばさんは自分から近づいてきて俺を罵倒し始めたが、それに飽きたのか、色々と質問してきた。
年齢や学歴のこと、警備員をやっている理由、収入など訊ねてきたので、俺は嘘を交えつつ答えてやった。
 しばらく問答が続いた後、俺は、

「 家族はいらっしゃらないんですか?」

と逆に質問してみた。
 おばさんは誰が質問していいって言ったんだと悪態を付きつつも、家族のことを語り出した。
要約すると、数年前におばさんの娘が強姦された上、夫は強姦されるような場所に行った娘も悪いなどと言ったらしい。
それ以来おばさんは極端な男性嫌いになり、離婚して娘と二人で暮らしているそうである。
 俺は心底同情しているという表情を作りながら、おばさんの話を全く信じていなかった。
娘がいるならホームレスをやっているわけがないし、赤の他人の俺に娘が強姦されたなんて教えるわけがない。
結局、おばさんを追い出すことはできなかった。


 四日目、俺はおばさん以外のホームレス達を追い出すと、おばさんを無視して店内を巡回した。
おばさんを避けた理由は二つあった。
 一つは、あの警備員はホームレスとお喋りばかりしている、と店に言われるのを防ぐためである。
そんなことが会社に報告されれば、始末書を書かされた上で説教を食らうだろう。
 もう一つは言わずもがな、この日はクリスマスイブだった。
イブの夜にホームレスのおばさんと語り合うなんて余りにも虚しい。


 最終日、この日もホームレス達を追い出し、店を巡回していた。
おばさんを追い出すのは諦めたが、せめて俺がいる間は万引きさせたくなかった。
 今年も糞つまらない一年だった、と呟きながら店内を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、おばさんがにやにや笑いながら立っていた。
 不意を突かれた俺はお辞儀して立ち去ろうとしたが、おばさんは俺の腕を掴み、一冊の手帳を渡してきた。

「 あたしの娘だよ。」

おばさんはにやつきながら言った。
俺はもうおばさんにはうんざりしていたのだが、愛想笑いをしつつ手帳を開いた。
 それは小さなアルバムだった。
1ページに一枚ずつ写真が収めてあり、最初は赤ちゃんだった女の子が、ページをめくる毎に成長していく。
肌が白く、目が大きくて綺麗な女の子だが、鼻や輪郭がおばさんにそっくりで、娘がいるというのは事実らしかった。

「 綺麗な娘さんですね。」

と言いながらアルバムをぱらぱらとめくり、中盤まで来たところで、女の子の寝顔が並んだ。
 それが3枚ほど続いた時、この娘は病気なのだと思った。
顔色はそれほど悪くないのだが、だんだんと頬がこけ、目元がくぼんでいく。
この様子だと娘は入院していて、おばさんは自分に回す金がないからホームレスをやっているのではないかと思えてきた。
俺は表情だけではなく、心底おばさんに同情しつつあった。
 しかし、眉間を寄せながらページをめくっていくと、突然俺の中に違和感が芽生えた。
これで7枚寝顔が続いている。
そして8枚目、俺の手は止まった。
 これまでの寝顔は首が写っていなかったのだが、その写真の隅にそれが写っていた。
首にはアザがあった。
紫色の、横に一本伸びたアザが。
 俺はもうページをめくることができなかった。
手が震えるのを堪えながらおばさんを見ると、彼女は俺を罵倒していた時とは別人のように優しく微笑みながら、俺の持つアルバムを見つめていた。
 俺は押し付けるようにアルバムを返すと、用事を思い出したとおばさんに告げて店の事務所に走った。
事務所にいた店舗責任者に事情を話し、警察を呼んだが、おばさんはパトカーが到着する前に姿を消していた。


 それから間もなく俺は警備会社を辞めた。
おばさんと話している間、俺はずっと会社名と本名が書かれた名札を付けていたからだ。
 あれから数年経ったが、現在まで警察からは一度も連絡が来ていない。
連絡がないということは、あのおばさんには事件性が全く無かったということではないだろうか。
 当時の俺は恐怖に呑まれて冷静な判断ができなかったが、今考えるとあの小さなアルバムは、おばさんが警備員である俺をびびらせるために作った偽物ではないかと考えるようになった。
そう思えば、気分的に楽になるからだ。










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