一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

「言葉のチカラ」を信じていいのだろうか?

2006-04-03 | 余計なひとこと

4月2日(日)の朝日新聞朝刊の一面に「『気骨ある紙面』めざす」というタイトルで、外岡秀俊「東京本社編集局長(ゼネラルエディター)」が新年度に向けての紙面刷新と朝日新聞の決意を語っています。

そこには「朝日新聞綱領」も掲載されています。


しかし問題は、同じ1面のトップにある川崎市のマンションでの幼児殺人事件の容疑者の自首の記事。
防犯カメラに写った犯人と目される人物の映像へのキャプションです。


「マンションの防犯カメラが撮影した今井健詞容疑者」

でも現時点では今井容疑者がこの映像を自分だと言っている(という警察情報)だけで、それが事実という証拠もないわけです(似てはいるのでしょうが)。
また、この映像の人物が犯人だという証拠もありません。
(今井容疑者が単なる自首マニアの可能性だってあるわけです。)

だとすると、このキャプションは推定無罪などの被疑者の権利を軽視したり、読者を不用意に誘導するような報道じゃないのかな、と気になりました。
特に日頃「自白偏重の捜査」に批判的なマスコミとしてはいかがなものかと。

「真実を公正迅速に報道し」という綱領を掲げ「ジャーナリスト宣言」によって「私たちは、ただ読者の信頼のみに支えられ、権力を監視し、現場で自らを鍛えなおすことを確認したい。」と語っているすぐ脇でこのような記事が出るというのは「宣言」自体の信憑性を失わせるのではないかと思います。


ちなみに他紙ですが、

毎日

「今井容疑者は新聞に掲載されたこの写真を見て出頭した」

産経

「公開された防犯ビデオに写っていた今井容疑者」

 東京新聞

「今井健詞容疑者とみられる画像」

 読売・日経(防犯カメラの写真なし)

キャプションとしては毎日が公正な立場だと思います。
産経と朝日が同じ、というのもうけますね。


年度初めから文句のようなエントリも気が進まないのですが、ちょいと気になったもので。

コメント (2)
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