物理法則は、量子力学と呼ばれるミクロ世界と一般相対性理論と呼ばれるマクロ世界の法則の2つで説明される。しかし、両理論が確立されて以来100年近くとなるが、理論の統合ができず1つの理論であらゆる物理法則を説明できない。これは、相対性理論で説明できる重力が、量子力学で説明できないからである。
物理学には4つの相互作用がある。強い相互作用はグルーオン、電磁相互作用は光子、弱い相互作用はウイークボソンとよばれるゲージ粒子の交換によって発生すると考えられている。しかし、最後の重力相互作用をもたらすと言われる重力子の作用は極めて小さいため、統合に向けた検証実験はいまだ実現していない。
これまで測定されたもっとも小さな重力源の質量は90gで、原子干渉計・ねじれ振り子・光格子時計などによるものである。もっとも重い量子状態を実現した物体は40ngである。両者のスケールには10桁という大きな隔たりがある。重力と量子の実験スケールの統合には、微小重力やゼロ点振動の観測が可能な変位測定系の構築が必要だ。
東北大学学際科学フロンティア研究所・電気通信研究所の松本伸之助教、東京大学大学院理学系研究科の道村唯太助教、国立天文台重力波プロジェクト推進室の麻生 洋一准教授、東北大学電気通信研究所の枝松圭一教授らの研究グループは、石英の細線で懸架された7mgの鏡の振動を1秒の測定時間で10^(-14)m程度の分解能で読み取れる測定器を開発した(2月20日発表)。これは、100mgの物体が懸架鏡から数mm離れたところで振動したときの重力変化を捉えることができる性能である。
重力と量子の実験スケールを統合するために、微小重力やゼロ点振動の観測が可能な精密な変位測定系の構築が課題となっている。研究グループは、懸架鏡(7mgの鏡を直径1μm、長さ1cmの石英の細線で吊るしている)の変位を1秒の測定時間で10^(-14)m程度の高い分解能で測定することに成功した。
懸架鏡は重力波検出器と同様に光共振器の一端を担っている。共振器によって懸架鏡は光学トラップされており、さらにフィードバック冷却により基底状態付近まで冷却可能である。重力測定の原理は極めて単純で、懸架された鏡の振動は光共振器の反射光量を変化させるため、その変動は光検出器で測定でる。鏡の隣に重力源を設置し、両者の重力相互作用で生じる懸架鏡の揺れを光で検出することで重力が観測される。例えば、懸架鏡の4mm程度隣で質量100mgの物体が、(光学トラップされた)懸架鏡の周期で1mmの振幅で振動すれば、重力相互作用によって懸架鏡は10^(-14)m程度揺らされる。このわずかな揺れを、研究グループの開発した光共振器の応答から測定することで微小重力が観測可能となる。
測定の雑音を低減するために、光共振器は真空容器内に設置した多段防振装置上に構築している。同じ防振板上に設置したレーザー光の強度・周波数安定化システムによりレーザー光は安定化されている。雑音低減の結果、図示される変位測定の結果を得た。この結果から、mgスケールにおける重力測定が可能であることを実証することに成功し、さらにmgスケールにおける量子状態制御が将来的に可能であることを示した。
◆用語
〇量子状態
原子や電子などは我々の直感に反するさまざまな振る舞いを示す。例えば、我々の身近にあるボールはある軌跡を描いて運動することは誰もが知っているが、ミクロなボールだと考えられていた原子や電子はぼやけて運動しており、特定の軌跡を描かない。このような現象を巨視的なスケールで実験的に検証する試みが長年の間進められている。
〇フィードバック冷却
振動子の揺れ(変位)を観測し、ネガティブフィードバックすることで振動子の速度(つまり運動エネルギー、温度)を低減すること。例えば、振り子が左に動いていることを観測した場合、右向きに力を加えると振り子の振動振幅は低減する。変位と速度は微分積分の関係があるため、観測した変位信号を微分してフィードバックすれば振り子に働く(速度に比例する)減衰力が増大することになり、振動振幅と速度を低減できる。観測した変位信号を微分しないでフィードバックすると、振り子に働く復元力が増大(振動子の共振周波数が増大)するため振動振幅は低減する。前者は「冷却(クーリング)」と呼ばれ、後者は「トラップ(ばね効果)」と呼ばれる。
〇重力波検出器
一般相対性理論から導出される重力波(時空の変動が光速で伝搬する波)を検出するための装置。懸架された数十Kgの鏡(振り子)の間の距離の変動をレーザー光で読み取る装置。2015年にアメリカの検出器LIGOが世界で初めて重力波の検出に成功し、2017年にノーベル賞を受賞した。現在、日本の検出器KAGRAは2019年中の稼働を目指して開発が進んでいる。
〇光共振器
合わせ鏡の間の距離と光の波長を合わせることで、光は合わせ鏡の間で共振する。共振のピークが鋭ければ鋭いほど(合わせ鏡の間の光の往復回数が多ければ多いほど)、鏡の揺れに対する光の応答は敏感になり、測定器の感度は向上する。共振状態からわずかに合わせ鏡の間の距離をずらすと注5で説明する光ばねを生成することが可能である。
〇光学トラップ(光ばね)
光の圧力によって生成されるばね。光の圧力はレーザー光量が高いほど強くなる。従って、懸架鏡が共振器長を伸ばす向きに動いた時に共振器内の光量が減る(反対に懸架鏡が共振器長を短くする向きに動いた時に共振器内の光量が増える)ように調整すれば、光の圧力でばねが生成される。
〇ブラウン運動
ブラウン運動はさまざまな多体系で見られる。例えば、空気中に置かれた振り子は酸素や窒素原子と衝突することで力(熱的な揺動力)を受ける。酸素や窒素原子の運動を観測しないで振り子の運動を観測すると、振り子はランダムな運動をしているように観測される。このような運動をブラウン運動と呼ぶ。
物理学には4つの相互作用がある。強い相互作用はグルーオン、電磁相互作用は光子、弱い相互作用はウイークボソンとよばれるゲージ粒子の交換によって発生すると考えられている。しかし、最後の重力相互作用をもたらすと言われる重力子の作用は極めて小さいため、統合に向けた検証実験はいまだ実現していない。
これまで測定されたもっとも小さな重力源の質量は90gで、原子干渉計・ねじれ振り子・光格子時計などによるものである。もっとも重い量子状態を実現した物体は40ngである。両者のスケールには10桁という大きな隔たりがある。重力と量子の実験スケールの統合には、微小重力やゼロ点振動の観測が可能な変位測定系の構築が必要だ。
東北大学学際科学フロンティア研究所・電気通信研究所の松本伸之助教、東京大学大学院理学系研究科の道村唯太助教、国立天文台重力波プロジェクト推進室の麻生 洋一准教授、東北大学電気通信研究所の枝松圭一教授らの研究グループは、石英の細線で懸架された7mgの鏡の振動を1秒の測定時間で10^(-14)m程度の分解能で読み取れる測定器を開発した(2月20日発表)。これは、100mgの物体が懸架鏡から数mm離れたところで振動したときの重力変化を捉えることができる性能である。
重力と量子の実験スケールを統合するために、微小重力やゼロ点振動の観測が可能な精密な変位測定系の構築が課題となっている。研究グループは、懸架鏡(7mgの鏡を直径1μm、長さ1cmの石英の細線で吊るしている)の変位を1秒の測定時間で10^(-14)m程度の高い分解能で測定することに成功した。
懸架鏡は重力波検出器と同様に光共振器の一端を担っている。共振器によって懸架鏡は光学トラップされており、さらにフィードバック冷却により基底状態付近まで冷却可能である。重力測定の原理は極めて単純で、懸架された鏡の振動は光共振器の反射光量を変化させるため、その変動は光検出器で測定でる。鏡の隣に重力源を設置し、両者の重力相互作用で生じる懸架鏡の揺れを光で検出することで重力が観測される。例えば、懸架鏡の4mm程度隣で質量100mgの物体が、(光学トラップされた)懸架鏡の周期で1mmの振幅で振動すれば、重力相互作用によって懸架鏡は10^(-14)m程度揺らされる。このわずかな揺れを、研究グループの開発した光共振器の応答から測定することで微小重力が観測可能となる。
測定の雑音を低減するために、光共振器は真空容器内に設置した多段防振装置上に構築している。同じ防振板上に設置したレーザー光の強度・周波数安定化システムによりレーザー光は安定化されている。雑音低減の結果、図示される変位測定の結果を得た。この結果から、mgスケールにおける重力測定が可能であることを実証することに成功し、さらにmgスケールにおける量子状態制御が将来的に可能であることを示した。
◆用語
〇量子状態
原子や電子などは我々の直感に反するさまざまな振る舞いを示す。例えば、我々の身近にあるボールはある軌跡を描いて運動することは誰もが知っているが、ミクロなボールだと考えられていた原子や電子はぼやけて運動しており、特定の軌跡を描かない。このような現象を巨視的なスケールで実験的に検証する試みが長年の間進められている。
〇フィードバック冷却
振動子の揺れ(変位)を観測し、ネガティブフィードバックすることで振動子の速度(つまり運動エネルギー、温度)を低減すること。例えば、振り子が左に動いていることを観測した場合、右向きに力を加えると振り子の振動振幅は低減する。変位と速度は微分積分の関係があるため、観測した変位信号を微分してフィードバックすれば振り子に働く(速度に比例する)減衰力が増大することになり、振動振幅と速度を低減できる。観測した変位信号を微分しないでフィードバックすると、振り子に働く復元力が増大(振動子の共振周波数が増大)するため振動振幅は低減する。前者は「冷却(クーリング)」と呼ばれ、後者は「トラップ(ばね効果)」と呼ばれる。
〇重力波検出器
一般相対性理論から導出される重力波(時空の変動が光速で伝搬する波)を検出するための装置。懸架された数十Kgの鏡(振り子)の間の距離の変動をレーザー光で読み取る装置。2015年にアメリカの検出器LIGOが世界で初めて重力波の検出に成功し、2017年にノーベル賞を受賞した。現在、日本の検出器KAGRAは2019年中の稼働を目指して開発が進んでいる。
〇光共振器
合わせ鏡の間の距離と光の波長を合わせることで、光は合わせ鏡の間で共振する。共振のピークが鋭ければ鋭いほど(合わせ鏡の間の光の往復回数が多ければ多いほど)、鏡の揺れに対する光の応答は敏感になり、測定器の感度は向上する。共振状態からわずかに合わせ鏡の間の距離をずらすと注5で説明する光ばねを生成することが可能である。
〇光学トラップ(光ばね)
光の圧力によって生成されるばね。光の圧力はレーザー光量が高いほど強くなる。従って、懸架鏡が共振器長を伸ばす向きに動いた時に共振器内の光量が減る(反対に懸架鏡が共振器長を短くする向きに動いた時に共振器内の光量が増える)ように調整すれば、光の圧力でばねが生成される。
〇ブラウン運動
ブラウン運動はさまざまな多体系で見られる。例えば、空気中に置かれた振り子は酸素や窒素原子と衝突することで力(熱的な揺動力)を受ける。酸素や窒素原子の運動を観測しないで振り子の運動を観測すると、振り子はランダムな運動をしているように観測される。このような運動をブラウン運動と呼ぶ。