KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

九月一日

2013年09月01日 | 暮らしのつぶやき
天気 晴のち曇

三日続きの猛暑。夕方の西の空に怖いほどの入道雲が出来て、その北の方角には稲光も見えた。予報通り降るかな、と思ったのに「ところにより」の雨は来なかった。

今日は震災記念日。関東大震災から90年だという。震災記念日も、阪神淡路と東北とが加わって関東大震災は全国的には記憶も薄れてしまったようだが・・近々巨大地震があるかも、という話も起きているから、心して90年前のことも思い出す必要がある。
この日は、いつも母の体験談を思い出す。

母は大震災のとき、浅草の産婦人科医院に住み込みの産婆として働いていた。房総の片田舎から上京して看護婦・産婆(助産婦)の資格をとったのには理由があった。母の母(私には祖母)は、いわゆる「産後の肥立ち」が悪く、母の妹を産んだあとしばらく寝込んで亡くなった。子供心になんとしても自分は看護婦と産婆になりたい、と思ったのはそれがきっかけだったようだ。
地震のあと、火の手がまわってくる、というので、母は入院中の産婦とその赤ん坊に付き添って上野の山に逃げた。産婦の家がそちら方面にあったようだ。一晩を上野で過ごしたという。
その親子が居なければ、母は、故郷の方角の隅田川方面へ逃げたかもしれない、と言った。隅田川方面で命を落とした人は数知れない。そうなれば、今の私は存在しなかった訳で。
「地震でいちばん怖いのは頭の上」と母はよく言った。足元は見えても、頭の上は見えない。何が落ちてくるか解らない。だから、逃げるときは座布団を頭に載せて逃げること・・
瓦屋根の多かった当時と事情は違うものの、なるほど、と思う。
中学校のときの避難訓練でも、鞄を頭に載せて校庭へ逃げるように訓練された。そのせいか、私は、家でちょっと大きな地震があると、頭にクッションを載せて何も置いていない6畳の和室へ逃げる。何も置いてはいないけれど、蛍光灯が天井から吊るしてある・・でも人が見たら滑稽かもしれない。

醒めて飲む水のうまさよ震災忌  KUMI 
コメント (2)
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