福井缶詰の商品の一部(最奥はリリーブランド)
同社がノルウェーサバにこだわるのは何故か?
「夏山や 通ひなれたる 若狭人」
与謝蕪村の俳句であります。
大汗をかきながらも、山道をすいすい歩んでいく行商人の姿が目に浮かぶようだ。
この行商人が運ぶのは鯖。ところは鯖街道。
すなわち、若狭の小浜湾から京都を結ぶ若狭街道のことであります。
若狭で獲れた鯖にひと塩して、街道を上っていくと、ちょうど京都へ着いた頃合いで、塩が慣れて食べ頃になったという。
これが世に言う“若狭のサバ”。
しかし、そんな若狭のサバが、今はほとんど獲れなくなったことをご存じだろうか。
今回の『缶詰の現場から』は、そんな若狭・小浜湾で、ノルウェー産のサバを使ってサバ缶を作り続ける福井缶詰を取材してきた。
風光明媚な小浜湾
このすぐ近くに福井缶詰がある
これが本社及び工場。昭和18年創業であります
「日本も80年代までは500g以上の大サバが獲れていた。それが今はゼロ歳から1歳程度の、小さなローソクサバと呼ばれるサバが多く水揚げされている」
こう語るのは、同社代表取締役社長の重田軍治氏であります。
なぜ大きく育つまで待たず、ローソクサバなんぞ獲ってくるのか。それは「オリンピック方式」という、各漁業者が競争するように漁獲する日本のサバ漁に原因がある。
つまり、先により多く獲った漁業者が儲けるのだ。そして、漁獲した総量が漁獲可能量(TAC)に達したところで
「はい、今シーズンはここまで」
お上から操業停止の通達が出る。
これだと、最新の設備(魚群探知機や巻き網など)を持った大規模船団が圧倒的に有利だ。売値が高い大きなサバを先に獲っていく。すると中小規模漁業者は、残されたローソクサバを数多く獲るしかない。
売値の安い小さいサバだから、漁獲量を増やすしかないわけであります。
いずれ親となって卵を産むはずのサバまで獲っているのだから、このままでは日本のサバは壊滅してしまう。しかし漁業者としては、生計を立てるためにローソクサバまで獲らざるをえない。
「何と無策な...」
重田社長はその現状を、深く憂えるのであります。
同社のサバ缶はすべて手詰めだ
これに対し、ノルウェーでは2歳魚以下は漁獲できない規則がある。
ちなみに年齢と体重の関係を大ざっぱに示すと、
1歳 300g
2歳 450g
3歳 550g
4歳 700g
※三重大学准教授・勝川俊雄氏のデータを参照
当然、大きいほうが売値は高い。つまりノルウェーでは、幼いサバを守りながら大型サバを売って、儲けが出るようにしてるわけだ。
重田社長も同国を
「漁業の先進国と言える。日本は発展途上と言わざるをえない」
と残念そうに語っていた。
何となれば...。
福井缶詰は、日本のサバ資源を守るためにも、高価なノルウェーサバを輸入して缶詰に使っているのであります。
しかもノルウェーサバは、脂の乗りが何と日本のサバの約2.5倍ある。そして安全に管理された生け簀で育てられている。
「化学汚染がなく寄生虫もいない養殖魚だから、逆に価値がある」
ノルウェーはこういう概念を持っているのだ。「天然物こそ最上」とばかりは言ってられないではないか。
半解凍状態で手詰めされたサバ
半解凍ゆえ調整(切分け)が容易。つまり鮮度が保てる
まず蒸し煮にする。これはサバ缶では珍しい工程
蒸して浮いてきた余分な水分・脂分を捨てる
このノウハウが冷凍サバを極ウマに変えるのだ
同社のサバ缶を開缶すると、缶汁が澄みきっているのが分かる。
製造工程に工夫を凝らした証左であります。
かくのごとし。
こってりと脂が乗っているが、飲み込んだ後は口中に残らない。サバ缶好きのあいだでは、同社のサバ缶は
「文句なしにウマい」
と評判だ。
そしてこのサバ缶。菱食のリリーブランドからも『旬海庵』というシリーズで出ている。
つまり、同社はリリーのOEMメーカーでもあるわけだ。
カニ缶の製造ラインの様子
さて、そんな福井缶詰はカニ缶でも自信作を持っている。
同社オリジナルブランド『マーメイド印』の『紅ずわい蟹 脚肉ほぐし』は、重田社長イチオシの缶詰だ。
兵庫県の香住(かすみ)港で水揚げされた紅ズワイガニを、約3時間で“冷蔵”陸送して、フレッシュパック(生詰め)している。それは
「従来のカニ缶とは一線を画する」
と重田社長もおっしゃる。果たしてどんなお味なのか、近いうちに当ブログで紹介する予定であります。
御食国(みけつくに)として、平安時代から朝廷に食料を献上してきた若狭の国。そんな歴史も伝統もある土地で、日本の漁業制度に警鐘を鳴らし、既成概念にとらわれない缶詰作りを続ける福井缶詰。
そのまっすぐな志、まるで戦国武将のような缶詰企業でありました。