日本では、50歳代に年収が1000万円を超えることがサラリーマンらの一応の「成功」の目安と言える。この段階に達する人はどれくらいの割合なのだろうか。
いくつかの調査をもとに独自試算してみると、同世代の人の1割程度だ。大学卒のうちの5分の1程度になる。
賃金統計ではわからない
社会の中での自分の位置
自分の給与が日本社会全体の中でどの程度の位置にあるのかは、誰でも気になるところだろう。
ところが、毎月勤労統計調査などの賃金調査ではよくわからない。
なぜなら、賃金統計はあらゆる雇用者を対象にしているため、対象についての具体的なイメージをつかみにくいからだ。
全体の平均の数字にはさまざまな異なる対象が含まれているため、どのような人たちと比較しているのかを把握しにくい。
年齢別、学歴別などの統計で各項目の平均値を見ても、やはり対象のイメージがはっきりしない。
自分の給与が日本社会の中でどの程度なのかを見るためには、対象のイメージがはっきりしているものと比較するのがよい。
国家公務員の本省課長は「成功者」?
年収1200万円を超える
まず、国家公務員の給与を見よう。
図表1は、国家公務員のモデル給与だ(2020年度)。
技術職と事務職で若干の差があるが、50歳から54歳の本省事務職課長の場合で1269万円となっている。
局長になると1700万円を超え、事務次官になると2000万円を超える。しかし、ここまで来られるのはごく一部の人だ。
本省の課長になれば、国家公務員として「成功した」と言えるだろう。したがって、「成功」の目安は、俸給が年1200万円台ということになる。
民間では年収1000万円超えが目安
部長クラスは年収1155万円
民間の場合はどうか。
国家公務員の給与は、民間給与を参考にして決められている。
対象とされているのは、従業員50人以上の規模の民間事業所だ(業種によっては、ここに中小企業も含まれる)。
人事院「令和3年職種別民間給与実態調査の結果概要」によると、平均支給月額は部長クラス(平均年齢52.8歳)で70万7786円だ。
ここで、「平均支給額」とは、該当従業員に対して支払われた「きまって支給する給与」(時間外手当を除く)の年平均額だ。
この他に、ボーナス4.32カ月となっている。
ボーナス分を加えた合計を計算すると、図表2のようになる。
部長クラスで年収1155万円になる。
年収1000万円超える人は
民間全体の7.1%
すべての人が部長になれるわけではない。民間企業ではそこまで行ければ「成功者」と言ってよいだろう。
ではこの段階まで行ける人はどの程度の比率でいるのだろうか?
「民間給与実態統計調査」(国税庁)によると、年収が1000万円以上の人の比率は全体の7.1%だ(男性、2020年度)。
民間企業従業員の中でこれだけの人の給与が1000万円を超えているというのは、それなりに重要な情報だ。
ただ、もう一つ知りたいのは、そこにたどり着く確率だ。
日本の賃金体系は年功序列的なので、若い時に所得が低いからといって、低所得者だということはできないからだ。年がたてば、給与が上がると期待してよい。
高収入者は50歳代に多く、他の年齢階層より多いと思われるので、50歳代における収入が1000万円を超える人の比率は、全年齢についての平均値である7.1%より高いはずだ。
「成功者」は同世代の10%程度
大学卒の約5分の1の比率
ここでは、上記の人事院の民間給与実態統計調査を用いて、つぎのような計算を行なった。
この調査が対象としている総人数は約338万人だ。それに対して支店長、部長の人数が11万人だ。
いま、従業員は23歳から60歳までの各年齢に同数だけ分布しているとし、支店長、部長は50歳代と仮定しよう。すると、50歳代の従業員数は91.4万人であり、そのうち11万人が支店長、部長になっている。
したがって、50歳代の従業員数に対する支店長、部長の比率は、11÷91.4=12%ということになる。
しかし、これは従業員数50人以上の企業についてのものだ。このほかに50人未満の企業があり、また自営業者がいる。
法人企業統計調査によれば、資本金5000万円以上1億円未満の企業の1企業当たり従業員数は85人であり、これより資本金が少ない企業の場合には、1企業当たり従業員数はより少なくなる。そして、これらの企業の従業員総数が全体の約半分を占める。
したがって、仮に50人以上の企業における支店長、部長だけを「成功者」と考えるなら、その人たちが50歳代の総就業人口に占める比率は、上で計算した12%よりは低くなるはずだ。
結局のところ、50歳代の男性における「成功者」の率は7.1%から12%の間にあることになる。
ここでは一応の目安として10%と考えることにしよう(注)。
日本の大学進学率は、1990年代以降、ほぼ50%だ。したがって、上記の人々は大卒者の5分の1程度にあたる。
つまり、大卒者の約5分の1が「成功者」と言える年収に到達することになる。
(注)内閣府政策統括官、『日本経済2021-2022 成長と分配の好循環実現に向けて』(2022年2月)の「付図3-3 世帯主の年齢階級別に見た再分配前所得の分布」によると、世帯主年齢が45~54歳、55~64歳の場合、所得が1000万円以上の世帯の比率は約20%となっている。
なお、以上では年収のみに着目して「成功者」を定義した。しかし、人間の幸せが収入だけで決まらないことは言うまでもない。収入が少なくても幸せな人は大勢いるし、逆に収入が多くて不幸な人はたくさんいる。ここでは、人間の幸せに関連する要素として収入だけを取り上げている。
アメリカでは初任給で1700万円
「成功者」の年収で10倍の開き
では、海外の事情はどうだろうか?
アメリカでは、年収1000万円はほぼ大学院初任給のレベルだ。
トップクラスのビジネススクールであれば、MBA取得後、1700万円程度の年収が直ちに得られる。ボーナスを加えると2500万円程度になる。30歳になるかならぬかの人たちが、これだけの収入を得られるのだ。
他方、「国家公務員の給与(令和3年版)」(内閣官房内閣人事局)によれば、日本の公務員で大学院卒、総合職の初任給は317万円でしかない。
アメリカの場合、成功者と言えるのは巨大IT企業で上級のエンジニアに採用された人々だ。彼らの年収は1億円近くになる。
上で定義した日本の場合の「成功者」年収とは10倍程度の開きがある。
アメリカと日本の違いに呆然とせざるを得ない。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
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