第一夜からの続きです。
林美雄のパックで、どうしても忘れられない回があった。
その日の林は、いつもと調子が違い、トーンが暗く(まあ、初手から明るい人ではなかったが)、内省的なつぶやきが多かった。
「女房と知り合ってね、デートしたんですよ、プールで。でプールサイドに上がった彼女の胸を見て、『くそ、この胸ほかの男に渡してたまるか』って思って、それでプロポーズしたんだよね……」
……まあ、男の本音はこのあたりにあるとしても(あるよね)、それは言わない約束でしょ、というパターンだろう。
エンディング近く、トーンが違った理由が明かされる。
「ディレクターに『美雄ちゃん今日放送できる?』ってきかれたんですけど、ちょっと申し訳ない放送になったかな。」
前日に、お父さんが亡くなっていたのである。だけどプロならしっかりやれよ、という演歌歌手的理屈もあるだろう。しかしその日、ほとんど涙声の彼の最後の言葉は、どんなプロらしさよりも私の心を動かした。
「親父についてはね、ものすごく言ってやりたかったことがひとつあって…………あんたのションベンは臭かったなーって……」
深夜放送という媒体以外に、果たしてどんな場がこんな発言を許すだろう。「深夜の解放区」という言葉はあまりに決まりすぎていて好きではないけれど、確かに、そうとしか形容できない空間だった気がする。
そしてその林も、あれから二十数年たって、一人の父親として逝ってしまった。喪主は、奥さんがつとめたようだ。
お別れの会に、あの頃のメンツが勢揃いしたら素敵なのに。
鈴木清順は例によって飄々と焼香でもするのだろう。
中川梨絵は酔っ払っていないといいけど。
原田芳雄は「りんご追分」を歌ってくれないだろうか。
藤竜也も「花一輪」を歌ってくれると嬉しいのに。
そして、久米や小島の弔辞があるとすれば、あの空間への、文字どおり弔いになるのかもしれない……。
※深夜放送豆知識。
パック・イン・ミュージックの“パック”が、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」(だっけか)に出てくる妖精のことだって知ってました?
もう止まらない。「深夜の人たち」はシリーズ化します。
次回はこちら。