平成3年12月11日夕刻。神奈川県下で前代未聞の二児同時誘拐事件発生。30年後、封じられていた過去が動き出す……
「罪の声」「騙し絵の牙」の塩田武士の新作。新聞記者出身だけあって、冒頭の誘拐の描写はリアルだ。
なぜわざわざ二人をほぼ同時にさらうかといえば、犯人がどれだけ計算したかはともかく、警察の対応が物理的にしんどくなるのだった。当時の最先端の捜査ツールが足りなくなり、犯人に警察の介入を気取られてしまう(のではないか)あたり、芸が細かい。
衝撃的なオープニングだが、この小説の主眼は、誘拐された少年のその後である。作中で何度もふれられている松本清張の某作品、そしてその映画化された超大作に肌合いは近い。
美術の世界にわたしは昏いが、写実派が(写真の登場などで)不当に貶められていたことは初めて知った。しかし、カメラは単眼だが、人間は複眼で見る以上、写真とは違う作品が出来上がる道理は理解できる。そして、登場する写実派画家の絵があまりにも正確なので、彼の人生を追跡する人々を驚かせる仕掛けもうまい。
後半は、ある夫婦と子どものお話になる。そしてラブストーリーだ。読む人によって感じ方は違うだろうが、ラストをハッピーエンドととるか、ある人物の不在を強調しているととるか……にしても傑作でした。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます