第33話「絶対音感殺人事件」はこちら。
夫殺しのお話。妻は田中美佐子、夫は小日向文世。職業はどちらも囲碁の棋士。しかし「汚れた王将」のときと違い、業界ものとしてより、“大ざっぱな妻と几帳面な夫の対立”の方に重心がある。『ポン抜き』など、業界用語は散りばめられているけれど。
オンエアから十年、この小日向文世がゴールデンタイムのドラマで主役をはるなど、いったい誰が想像しただろう。曲者バイプレーヤーだった小日向の、嫌みったらしい亭主像がうますぎる。「お前はウチにいればいいんだ」と言い放ち、妻のアクセサリーにいたるまで管理する関白ぶり。そりゃ、殺されるわこの性格じゃ。
視聴者は、発作的に夫を撲殺してしまった妻に同情しているので、彼女を追いつめる古畑が今までになく意地悪に見える。
しかし三谷ドラマなので話はそう単純じゃない。殺した直後に、妻は満足げに微笑み、さっそくアリバイ工作にかかる。こんな邪悪なタッチはロアルド・ダールの「おとなしい兇器」に近い。
あの短篇では、夫を殺した“兇器”を調理して刑事に食べさせ、妻がクスクス笑うというとんでもないオチが用意されていたのだが、田中美佐子の方は麻婆豆腐を作り始めます(笑)。大ざっぱな性格のせいで、その麻婆がおいしくなくて古畑に疑われてしまう結果になるのは少し哀しい。
もっと哀しいのは、初めて夫の干渉なしに着飾ることができたのが、古畑に逮捕されるときだったこと。そしてそのファッションがお世辞にも彼女に似合っているとはいえなかったことだ。夫のあやつり人形でいることに耐えられなかった彼女は、しかしあやつり人形であることをやめた途端に美しさを失ってしまう……。
まあ、わたしもラー油の瓶のフタをいつも閉め忘れる奥さんだと、ちょっと小言はいいたくなるかも。殺されないように気をつけようっと。
第35話「頭でっかちの殺人」につづく。
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