時は幕末。高位の旗本が、姦通の罪で捕らえられる。当時はおよそ成立することすら珍しい罪だったが、切腹を命ぜられた彼はそれを拒む。
「痛ぇからいやだ」
武士にとって温情ある措置である切腹を拒否した彼を公儀はもてあまし、最北の松前藩に預けることとする。およそ一カ月におよぶ道中で彼を押送するのは、低い身分から旗本に婿入りした若者。彼は罪人として旗本を軽蔑しつつも、次第に影響を受けていく。
浅田次郎が描く、屈託をかかえた若者の成長物語とくれば、どうしたって思い出されるのが「一路」。あれは傑作だったなあ。
そしてこの「流人道中記」はてらいなくあの作品をトレースしている。浅田がそれを自らに許したのは、なぜ旗本は罪を認めたのかという大技を最後に持ってきたからだ。この、アクロバティックなラストを成立させたのは、浅田の驚異的な小説テクニックだろう。こんなきわどいお話を、天下の読売新聞に長いこと連載した作家としての自信もすごい。
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