時は唐代末。地方に藩鎮という自治組織が設置された中国では、中央政府のタガがゆるんできたため、藩鎮が次第に独立性を帯びてきていた。そんな藩鎮のひとつ、魏博は、暴君である田委安(チャン・チェン)が節度使として治めていた。魏博の重臣の娘、隠娘(スー・チー)が、預けられていた女道士のもとから13年ぶりに帰ってくる。隠娘はしかし、かつての許嫁である田委安を暗殺するよう道士から命じられていた……
どうしてストーリーをくどくど説明するかというと、見る前に知っておいた方が絶対に助けになるから。なにしろこの「黒衣の刺客」において、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)はほとんどストーリーを語らないのだ。
物理的に、役者たちにほとんどセリフはないし、カメラはずっと退いたままなので表情もよくわからないシーンの連続。おかげで寝不足だったせいもあって何度か落ちそうになりました。いや、落ちました(笑)。武侠映画なのに戦いは一瞬で決着するので(日本のサムライ映画を参考にしたらしい)、ウォン・カーウァイの「グランド・マスター」以上に地味。
それでも画調の転換がド派手で、なにより35ミリで撮った映像がとてつもなく美しいものだから次第にドラマに引き込まれていく。風景が、語るんですよ。
わたしのオールタイムベスト3に入る「悲情城市」の監督、侯孝賢にしか許されない映画づくりだと思う。白樺林での女性同士の一騎打ち、薄衣ごしに昔の許嫁を見つめる暗殺者……ストーリーなど知ったことかという気にもなる。
ただし、遣唐使の妻夫木聡が、日本に残した妻(忽那汐里)を思い出すシーンの挿入によって、隠娘のラストの笑顔に、観客は複雑な思いを抱くことになる。見終わって、なおしみじみ。カンヌ国際映画祭監督賞受賞作品。渋い。
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