ミステリファンにとって、少なくとも日本の新本格に意識的な人にとって、島田荘司は絶対に無視できない存在だ。っていうか、新本格とは彼が始めたことなのであり、彼が後進を育てたジャンル。近年は華文ミステリまで発掘してくれているのだし。
もちろん否定する人もたくさんいる。最初にとてつもない謎を設定し、それを解題するのがミステリだという彼の主張に、100%賛同するつもりはわたしもありません。
でも御手洗潔シリーズの、特に「占星術殺人事件」の、あのトリックに驚かなかった人はいないはずだし、「水晶のピラミッド」の“違う真相”もまた魅力的だった。
でもあのシリーズだけだったら、彼はアジテーターとしてここまで影響力を持ちはしなかったと思う。実は本格なのに、地味な社会派の体裁をとっていた吉敷竹史のシリーズがあったからこそ、彼の名は後世に残る。80年代に売れていたのは実際にそっちだし。
まだおぼえています。妻がある事情で入院しているとき、となりのベッドにいた女性と仲良くなって
「退屈で仕方がないのよ。なんか面白い本はない?」
と見舞いに来ていたわたしはリクエストされた。で、貸してあげたのが「北の夕鶴2/3の殺人」。吉敷竹史が登場するなかで最高傑作だと思う。次に行ったときに彼女は
「おおおおお面白かったあ!」
と絶讃。あたりまえだ。あれほど面白い本はなかなか。
警視庁の刑事、吉敷竹史が登場する二十年ぶりぐらいの新作「盲剣楼奇譚」は、これまたなんとも読み始めたらやめられない本でした。終戦直後、金沢の老舗置屋で朝鮮人たちによる籠城事件があり、そこへ現れた美しい剣士によってならず者たちは一瞬にして惨殺される。果たしてその真相は……
という体裁はとっているけれども、実はこの小説のほとんどは剣士のモデルとなった盲剣様と呼ばれる人物に費やされている。おれが書く時代小説とはこれだ!とばかりに
「眠狂四郎」
などの要素をぶちこんだ伝奇小説。いやはや面白かった。あの隣のベッドのお姉さんはいまどうしているかなあ。島田荘司の新作は、やっぱり面白いぞと教えてあげたいな。
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