つれづれなるままに

日々の思いついたことやエッセイを綴る

志木躰道教室

2008年11月30日 | 躰道
                    躰道の運体の操体法の練習

志木市放課後子ども教室「りんくす」がある。
土曜日に学校を開放して子どもたちが課外授業として学ぶ機会がある。
速く走れる教室、しき郷土かるた、藁を使用したクラフト教室、エアロビクス体験、科学の不思議体験等といろいろとカリュキュラムが組まれている。

躰道教室が開催された。
参加者は50名ほどの子どもたちと親が参加した。
躰道の基本5技に基づく操体法の指導、呼吸法の鍛錬方法などを取り上げて指導する。
躰道の法形を披露していたが、とても興味をもってみていた。

(11月30日記)
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マジシャン 森山尚平さん

2008年11月27日 | TAMC
森山尚平マジシャン

TAMCの研修会で2つのマジックを教わった。
講師はプロマジシャンの森山尚平氏(株式会社ショウマン代表取締役) 三越日本橋本店マジック売場でデイラー担当

(1)リングの貫通マジック
ロープ、リング、クリップ、ハンカチを用意する。
ロープの両端は指で押さえてもらう。
リングをロープの中央に乗せる。
ハンカチをかぶせてクリップを使用して挟む。
ハンカチをとると、リングがロープの中央に貫通しているマジック。  

(2)お札の復活
千円札を半分に折り、端を1センチほど破り取る。
再び千円札を開いてみると破けたお札がきれいに復元されているマジック。

解説がとてもはっきりして分かりやすい説明であったので習得できた。

(11月27日記)

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ぺあもーるのイチョウの木

2008年11月26日 | 日記
                   ぺあもーるのイチョウの木

東武東上線の柳瀬川駅は志木ニュータウンの駅である。
志木市民体育館の武道場に躰道の指導で出かけるときには、必ず柳瀬川駅から歩いてショッピングセンターである「ぺあもーる」の中を進んでいく。
その入り口にイチョウの木がある。

今からが金色に色づくシーズンである。
年々色づくのが遅くなっているようだ。
見事に金色に色づいたイチョウの木に見とれてしまった。

ぺあもーるを利用する人たちを四季折々見ていることだろう。
しばらくすると黄色く色づいたイチョウの葉も落ち葉となって地面に散っている。
素肌の枝や幹が露出して冬を過ごす。

29日には、近くの志木市第2小学校で躰道教室が開かれる。

(11月26日記)
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同期生の出版記念会

2008年11月25日 | 友人
            藤蔭道子さん 富永忍君 伊佐木健君(学士会館)

武蔵野第三中学校の同期生3名が協力して本を出版した。
出版を記念してのお祝いの会が神保町駅近くの学士会館で開催された。

伊佐木健君のエッセイ集「言葉ー解体することなく」、詩と写真集「遠い夏」という二冊の本が出版された。
カメラを趣味としている富永忍君は、写真で協力している。
藤蔭道子さんは、出版に対するプロディースを担当した。
中学時代の同期生が50年経過したこのときに結集して見事に2冊の本の出版を果たした。
来賓で出席していた武藤忠春先生は、スピーチの中で「長い間友情を育んできた仲間達の絆に祝意を送ります」と賛辞していた。今の日本の教育は不安定な要素が多いなかで、「武蔵野三中時代の生徒達が50年経てもこのように熱い友情を保っていることを見るたびに教師になったことの喜びを感じている」とも付け加えていた。

まず遠い夏の出版に関わった藤蔭道子さんからその経緯の説明があった。
田中直枝さんから伊佐木健君へ花束の贈呈と祝辞が述べられて、伊佐木健君より挨拶があった。
「この二つの作品を世に出して、私は今、自ら生きてきたことへ、ひとつの区切りをつけたような気持ちになっています。題材を取り上げた分野は思想、文学、旅、政治、市民運動などにわたり、テーマによってはかなりの調査をした。この本をつくることになった経緯は、富永と私が、それぞれ自らのロマンの原型とも言うべきものを、もう一度形にして残したい、と願ったからです」

高波悦子さんから富永忍君へ花束の贈呈があり、お祝いの言葉が述べられた。富永君は、「伊佐木君の夢の実現に力になればいいと考えて、藤陰さんに相談をして苦難の末にやっと出版までこぎつけた。このように本という形になって成就したことを喜んでいます」と語っていた。

その後、参加者から祝辞のスピーチが続いた。
定期的に開催している同期会とは、また一味違った同期生の集まりであった。
このような会は何回あっても良いものだ。

(11月25日記)
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孫とロマンスカー

2008年11月23日 | 日記
               小田急ロマンスカーと孫たち(新宿駅)

孫の大樹くん(小学4年)と凌也くん(小学2年)を連れて、小田急のロマンスカーに乗った。
箱根湯本行きの特急電車。
3連休の初日は、行楽に出かける人たちで満席である。
一号車は展望車となっている。
停車駅は町田と小田原だけ。
高架線を走るロマンスカーは見晴らしがいい。
雲ひとつ無い秋晴れである。
正面には雪に覆われた富士山がはっきりと見える。
多摩川を渡るところは特に展望がいい。

車窓から見える面白い建物も見つけた。
鶴川駅を通過すると右側に丸い円形の塊のようなコンクリートで建設された家だ。
上層は緑の草に覆われている。
以前、テレビ番組の「途中下車の旅」で紹介された家だ。

町田には30分で到着した。

(11月23日記)
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クリスマスツリー

2008年11月22日 | 日記
              クリスマスツリー(サンシャインシティアルパ)

紅葉のあとは、雪の便りが聞こえてくる。
12月を迎えるとクリスマスムードで盛り上がっていく。
街にはクリスマスのイルミネーションやツリーの装飾を眼にすることが多くなってきた。

池袋のサンシャシンシティの中にあるアルパの噴水広場。
いろいろのイベントやデモンストレーションを行うアルパの中心地である。
地階から3階まで吹き抜けになっている。
噴水の水が、3階の天井まで届きそうになるくらいまで高く吹き上がる時がある。
今年もそこの横に大きなクリスマスツリーが作られて、皆を楽しませている。

クリスマスまでにいろいろと催しものがあったり、クリスマスセールで客を集める企画をしている。
そのサンシャインシティは今年で30周年を迎えた。
巣鴨プリズンの跡地に建設されたサンシャインシティ。
60階の展望室のあるビルは、ひととき日本一の高さを記録したこともあった。

(11月22日記)
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櫻井よしこさんの講演

2008年11月18日 | 日記
                櫻井よしこさんと(パレスホテル)

東京国際大学の公開講演会に参加しました。
会場はパレスホテルで1000名以上の人が集まっておりました。
今回の講師は、ジャーナリストの櫻井よしこ先生
櫻井よしこ先生の略歴。
ベトナム生まれ。新潟県立長岡高校卒業。ハワイ大学歴史学部卒業。アジア新聞財団DEPTH(デプス)NEWS東京支局長。NTVニュースキャスター。現在はジャーナリストとして活躍中。

講演の演題は「世界が変わる、21世紀の展望」でした。
世界はどのように動いていくのか。そして日本のとる立場はどうしたらよいか。
とてもはっきりした口調で、明解に話してしてくれたのであっという間の90分でした。
内容は、2004年中国はロシアと共同歩調をする方針を打ち立てた。2007年には、ユーラシア、中央アジアでの合同軍事訓練を周辺の国々を巻き込んで行った。中国の台頭は日本の脅威である。日本はアメリカとの協調路線であるいくとの方針でいる。ブッシュ米大統領は2001年の就任演説で「米国にとって中国は戦略的パートナーである」と語る。その後9.11事件でテロとの戦いに方向を展開した。結論は米中は密の関係となった。
世界を先導していく先進国サミットG8は、いずれ米中の2Gで進むことを目論んでいる。中国は日本に対して常に「歴史認識」を切り札に出してくる。そして日本の経済利益を米中に分けよと迫る。
このような状況でも日本は世界で最強の通貨(円)を持っている一番の経済大国である。それが世界に対する一番の武器である。これからの日本はどのように展開していけばいいか。それは真の日本人となること。歴史を知っているかどうか。価値観を認識すること。日本の歴史を知らない人は日本人ではない。誇りと勇気と気概を持つことが必要。国際社会を知ることは日本を知ることである。とまとめていた。

講演会後の懇親会で櫻井よしこ先生と名刺交換をした。
自分のQRコード入りの名刺を出して、「ここからたくさんの情報を知る事が出来ますよ」と説明すると目を輝かせて話を聞いていました。そして「頑張っていきましょう!」と言って手を差し出したので、こちらの手を出して握手をした。その手からは温かさと信念の強さを感じざるを得なかった。
同行した山下太郎さんとともに記念の写真におさまる。

講演会のお土産には、櫻井よしこ著「いまこそ国益を問え」(ダイヤモンド社)がサイン入りで入っていた。

(11月18日記)
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社会人躰道大会反省会

2008年11月14日 | 躰道
                全国社会人躰道大会反省会(なだ作)

今年の全国社会人躰道大会の反省会が銀座のなだ作で行われた。
大会は、9月14日に東京武道館で開催されたものだが、その後の会計整理などがまとまり、葛西隆実行委員長より報告された。

葛西委員長は綿密なる準備と会員のための大会運営に尽力をしている。
その功績は多くの人から賞賛されている。
何より大会出場が楽しいものであるとの声が多く、躰道の理念を実践している大会である。

反省会には、実行委員が9名と日本躰道協会から安部幸史郎理事長が特別に出席していた。
各委員からの感想及び反省点を列挙すると、
選手出場数が多くなり1フロアで4コートできる会場が必要であろう。
進行上の混乱もなく閉会式も予定の時間に終了できた。
大会の記念品は、昨年はエコバック、今回は携帯クリーナーとして皆から喜ばれている。
大会の競技進行表の作成で苦労があったが、無事進んでいってよかった。
社会人大会の実行委員会は、集まる目的、行うべき内容、次回への継続審議や問題提起がはっきりしており、効率の良い会議が行われた。
それは実行委員会が主体的人格をもって、その大会の運営に委員一人一人の目的が反映され、責任が生じています。だからこの大会の成功を心から期待し、大切に真剣に運営している姿が見える。残念であったことは、会場の撤去が終わるまでが大会。ゴミの処理が全く出来ていなく参加選手のマナーの向上を期待したい。というものであった。

私の感想は、勢命の法形の後半部に祝嶺正献最高師範の創作した演武と異なる順番を発言した審判員がいたことが残念である。我々指導者は正統なる実技を伝承していくことである。その審判担当者が独自の解釈で、創始者の理念と躰道の演武内容を曲げて強引に押し付けた行為には失望した。やはり道着を着用して実技指導している者が審判を担当しないと躰道本来の道が崩れていく。と述べた。

安部幸史郎理事長も、現在の躰道の方向性をとても危惧していた。不安定な要素から再度真の躰道理念を進展していく方策を考えていきたい。真剣に語っている姿に共感を得て今後さらにサポートしていこうと元気が出てきた。

何しろ、この社会人大会の葛西隆委員長を中心として運営に集まっているメンバーの意気込みを感じた反省会であった。
関係者の皆さんご苦労様でした。

(11月14日記)
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諸石一彦さんのこと

2008年11月12日 | 友人
                      諸石一彦さん

都立竹早高校の7年先輩に諸石一彦さんがいます。
竹早高校創立100周年記念式典の行われた文京シビックホールで隣の席に座ったことが縁で、その後も交流が繋がっています。

記念式典の運営に携わっていた関係で、諸石一彦さんは同期生である緒形拳さん(俳優)の出席を要請していて実現させた人です。
司会者が、緒形拳先輩の来場を伝えると女子高校生たちの黄色い歓声が会場内に響き渡ったいました。

諸石さんと緒形拳さんは、野球部に所属していて、国広先生の指導を受けていました。
その後、緒形拳さんは野球部をやめて演劇部に力を入れるようになったが、諸石さんとの交流は続いていた。
緒形拳先輩の高校時代の蛮勇振りを良く知っている人物でもあります。

昨年4月、国立大劇場で公演した劇団若獅子「国定忠治」に出演した緒形拳さんの楽屋に諸石さんとともに訪れました。
そのとき諸石さんが「いつまでも元気で活躍して下さい」と緒形拳さんへ話しかけたら、神妙な顔をしていた。そのとき既にがんの病魔に冒されていたのです。
以前に諸石さんは野球部の恩師である国広先生の死去の連絡もしていたものだから、緒形拳さんは「また学校のことで何かあったら連絡してほしい」と、諸石さんへ笑顔で返答をしていました。
出演前で化粧をしているところでもあったので、緒形拳さんの楽屋を早々に後にしたが、諸石さんが緒形拳さんと会ったのが最後となってしまった。
諸石さんは、緒形拳さんのことについて、竹早高校同窓会の次回の篁会報に掲載することになっているとのこと。

諸石さんは、私が主宰していた豊島研修会にもよく参加してくれました。
躰道壮年倶楽部の懇親会にも出席をしてくれました。
劇団若獅子の公演にもよく観劇してくれました。
先日のNPO法人睡眠時無呼吸症候群ネットワーク設立発足会にも参加してくれました。
私の呼びかけには、よく応えてくれます。

地元の江戸川区では、学校のPTA会長職の経験や今では少年サッカーのコーチ等の活動に奔走しています。
70歳とは思えないはつらつとした元気印の人物が竹早高校の先輩である諸石一彦さんです。

(11月12日記)
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宮田章司師匠の「江戸の夢」

2008年11月09日 | 芸能
             宮田章司一門の公演(深川江戸資料館劇場)

江戸の物売り声の宮田章司師匠一門の公演が深川江戸資料館劇場で行われた。
平成20年度文化庁芸術祭参加公演と銘打って、
「江戸売り声で、江戸の風情を届けます!」

会場は満席。
千葉県の長柄町の人も団体で観に来ていた。
宮田章司師匠としては珍しい演芸の取り組みであった。

第1部は、江戸の夢
売り声歳時記でおなじみの売り声をたっぷりと聞かせてくれた。
伴奏としてフラメンコギターの須田隆久さんが担当する。
売り声と共に漫才の宮田陽・昇らが江戸の衣装を着て物売りを演出していた。
あま酒のところでは、神田明神前の天野屋さんの半纏を着用して出てきた。
宮田章司師匠は、あま酒の効用を述べていた。

第2部は、江戸の華
今年芸能生活85周年を迎えた三味線漫談の玉川スミさんがゲスト出演。
自分の体験談を中心に面白おかしく饒舌に話す。
88歳とは思えないほど元気な姿。
その芸風は長年の積み重ねた味が出ていた。
売り声と玉すだれの競演があった。
宮田章司師匠の物売りをラップ調の音楽の乗せた試みである。
そして4人の女性による南京玉すだれの演芸。

宮田章司師匠には、長く江戸の物売り声をやっていただきたい。
貴重な存在であるから・・・・

(11月9日記)

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深川めし

2008年11月08日 | 日記
                  深川どんぶり(深川釜匠)

地下鉄半蔵門線の「清澄白河」で下車した。
この近辺は深川の中心地である。

深川めし」が有名である。
農林水産省郷土料理100選のひとつ、「深川めし」は、ざっくりと切った葱と生のあさりを味噌で煮込んで熱いご飯にぶっかけた、漁師の知恵の一品。
「えっ、深川に漁師?」
そう思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ここ深川は、江戸時代は漁師の町として栄え、江戸前の魚貝類や海苔などを捕る漁師さんたちが大勢いました。
特に、良質のあさりやカキが沢山捕れ、それらは深川名物とされていたのです。
忙しい漁の合間に手早く作れ、しかもおいしく栄養価の高い「深川めし」は、漁師の日常食としてもてはやされました。
体を冷やして家に帰る漁師たちにとって、もってこいの食べ物だったのでしょう。
「深川めし」には、もう一つ、あさりの炊き込みご飯もありますが、それは大工などの職人さんが弁当に持っていけるものをという事で、生まれたと言われています。
深川めしの命、新鮮なあさりと、赤味噌と白味噌の絶妙なバランス。
噛むとじゅわっとあさりのエキスは、味噌味に一層のこくを加えます。

深川江戸資料館の近くの深川釜匠という店に入る。
深川めし、深川どんぶり、深川釜飯などのメニューが並ぶ。
深川めしの特徴は、アサリの具が入っているところ。

メニューの中から、深川どんぶりをオーダーする。
テーブルの上には、漬物が置いてあり「自由に食べて下さい」とのサービスは下町らしい。
深川めしは、アサリが炊き込んであるが、
深川どんぶりは、アサリの具とねぎや油揚げがご飯と混ぜてあり、その上にぶっ掛け汁を入れてあるどんぶりである。
汁の味とアサリの風味が良くマッチしていて、とても美味しかった。

下町深川を散策した時には、「深川めし」を賞味したらいいでしょう。

(11月8日記)
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映画「ホームレス中学生」

2008年11月07日 | 芸能
               映画「ホームレス中学生」

映画「ホームレス中学校」を観た。
お笑いコンビ「麒麟」の田村裕による自叙伝「ホームレス中学生」の映画化。
原作は222万部突破した話題作。
監督は古厩智之。脚本は後藤法子。

母親が病死して、父親の借金により家が差し押さえとなった兄弟3人。
父親の「今日から一家は解散!」の言葉により始まったホームレス人生。

田村裕役を小池徹平が演ずる。
実際の田村をテレビでみているが、あまりにも似ていないハンサムボーイの小池徹平なので、最初は現実性がマッチしなかった。
兄の西野亮廣(お笑いのキングコング)と姉の池脇千鶴に自然さが出ている。
父親のイッセー尾形が上手い。
脇を宇崎竜童 古手川祐子 いしだあゆみ 田中裕子 黒谷友香などが固める。

田村裕の逞しい生命力は凄い。
寝るところは、巻きふんと呼ばれる公園の滑り台。
食事は段ボールや草の葉など。
中学生でよく耐えてきたものだ。

小さい時に病床の母親を笑わせることに喜びを覚えた。
それが、今のお笑いの世界へ進んだ。
実話だけに身に迫ってくるものがある。
同じ世代の中学生にはどのように映ることだろうか。

(11月7日記)

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オバマ氏の勝利演説

2008年11月06日 | 政治
           「目標の地点に必ず到達する」とオバマ氏勝利演説

(産経新聞より)
ハロー、シカゴ。
もしこの中に、米国はすべてが可能な場所であるということにいまだ疑いをもっている人がいるとすれば、米国建国の祖の夢に懐疑的な人がいるとすれば、民主主義の力に疑問を抱く人がいるとすれば、今夜がその答えだ。
これが、若者と年配の人、豊かな人と貧しい人、民主党支持者と共和党支持者、黒人、白人、ヒスパニック、アジア系、先住民族、同性愛者、非同性愛者、身障者と健常者が出す答えだ。

われわれは(共和党が強い)赤い州と、(民主党が強い)青い州の寄せ集めではなく、アメリカ合衆国であったし、これからもそうあり続ける。
長い時間がかかったが、私たちが今夜、選挙という決定的瞬間に成し遂げたことによって、変革が米国に訪れた。
共和党のマケイン大統領候補からさきほど丁重な電話をいただいた。
マケイン氏とペイリン副大統領候補が成し遂げたことを祝福する。
この国との約束を新たにするため、彼らと協力するのを楽しみにしている。

私はこれがあなた方の勝利だということを決して忘れない。
これはあなた方の勝利だ。
2世紀前の「人民の、人民による、人民のための政治」は滅びていなかったことが示された。
これはあなた方の勝利だ。

前途は長く、登るべき坂は険しい。
後退も、つまずくこともあるかもしれない。
1年や1期(4年)だけでは到達できないかもしれないが、約束する。
われわれは目標の地点に必ず到達するということを。
真冬の21カ月前に始まったことが、この秋の夜に終わることはない。
勝利そのものが変革なのではなく、(勝利は)変革を起こすチャンスにすぎない。

(第16代大統領の)リンカーンが、米国が今よりもっと分裂していたときに言ったように、われわれは敵ではなく、友人だ。
今夜、私はあなたの票を得られなかったかもしれないが、あなたの声に耳を傾ける。
あなたの助けが必要だ。
私はあなたの大統領にもなるのだ。
世界を引き裂こうとするものは打ち倒す。
平和と安定を求める者は支持する。
きょう私たちは、米国の真の強さは経済規模や力や武力によってもたらされるのではなく、揺るぎない理想の力、つまり民主主義、自由、機会と希望によってもたらされるということを示した。

今夜、私の心に浮かぶのは(ジョージア州)アトランタの106歳の女性のことだ。
女性であり、(黒い)肌の色のために投票はできないと言われた。
全米が大不況の絶望に包まれた時、(フランクリン・ルーズベルト大統領の)ニューディール政策や共通の目標によって恐怖を克服する国を見た。
イエス・ウィー・キャン(そう、私たちにはできる)
彼女は、われわれの港が爆撃されのを目撃し、圧政が世界を脅かした時代を生きた。
アトランタ出身の(キング)牧師が「われわれは乗り越えなければならない」と人々に訴えた時に、そこにいた。
彼女はどう米国が変わることができるのかを知っている。
イエス・ウィー・キャン。
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映画「まぼろしの邪馬台国」

2008年11月05日 | 芸能
            「まぼろしの邪馬台国」の吉永小百合と竹中直人

映画「まぼろしの邪馬台国」を観た。
監督は、堤幸彦作品。脚本は大石静。

第一回吉川英治文化賞を受賞した「まぼろしの邪馬台国」著者であり、全盲の郷土史研究家・宮崎康平とその妻和子の物語。
宮崎康平は、「島原の子守唄」の詩作者である。
さだまさしが唄った「関白宣言」のモデルであるとも言われている。
昭和の奇人といわれた宮崎康平と彼の情熱を信じた妻・和子が、日本史最大の謎に挑戦したストーリー。

昭和32年、島原鉄道で働く宮崎康平(竹中直人)は、水害による鉄道復旧の際に土器の破片を見つけたのを機に、邪馬台国の探求を始める。
目の不自由な夫に、妻の和子(吉永小百合)は魏志倭人伝、日本書紀、古事記などを繰り返し読み聞かせ、立体地図を作って九州各地を二人で旅するのだった。
康平の口述を和子が書き留める共同作業で、康平だけでなく、夫婦の夢となった「まぼろしの邪馬台国」を著してゆく…。

映画は邪馬台国を探し求めて二人が歩いた旅路8年。
日本の四季折々の美しい風景が描き出されている。
夕日に映える干潟は黄金に光っている。

出演者はそうそうの俳優人を集めていた。
窪塚洋介 風間トオル 平田満 黒谷友香 麻生祐未 岡本信人 井川比佐志 石橋蓮司 ベンガル 江守徹 大杉漣 余貴美子 由紀さおり。
その他 綾小路きみまろ 大仁田厚 大槻義彦 草野仁も出演していた。
宮崎康平の前妻役を演じた余貴美子の演技がとてもいい。
葬儀のシーンは涙を流さずにはいられない。

(11月5日記)  
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劇団若獅子公演観劇

2008年11月04日 | 芸能
                   劇団若獅子公演ポスター

劇団若獅子の11月公演は、藤沢周平劇場として「山桜」と「時雨みち」の2本立て。
三越劇場は満員の盛況。

「山桜」は、笠原章脚本演出そして主演。
共演は、初出演の仁科亜希子。
山桜では、かつて粗暴な人柄と聞いて手塚弥一郎との縁談を断った野江が、初めて出会い、和らいだ気分となり終の棲家を見つける。

「時雨みち」は、田中林輔脚本演出。
共演は、二回目の出演となる光本幸子。
機屋新右衛門(笠原章)が若い頃捨てた女がお松。
今では飲んだくれでうわばみお松と呼ばれる荒んだ女郎役。
妓楼の部屋での、新右衛門とお松の話の会話が中心。
じっくりとみせる芝居である。

今公演は、従来の新国劇の活劇が少なく、おとなしい文芸作品となっていた。
11月7日まで三越劇場にて公演。
11月10日は山形県鶴岡市文化会館での公演があります。

来春は、辰巳柳太郎の十八番だった「王将」をとり上げる。
坂田三吉をどのように笠原章が演じるか楽しみである。

(11月4日記)
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