つれづれなるままに

日々の思いついたことやエッセイを綴る

南裕之さんの地名入り甚句

2008年07月31日 | 友人
                  地名入り甚句を披露する南裕之さん

霞会(東京国際大学同窓会)の宮崎県支部長である南裕之さん
南裕之さんは、大相撲呼び出しの知人から相撲甚句を教わっていた。

霞会の全国支部長会議は、国体のように持ち回りで開催地域を決めている。
南裕之さんは、宮崎県支部長として毎年開催される会議に必ず出席します。
そして、懇親会の席上で、その地域の名所旧跡等をはじめ馴染みのことを作詞して会場で披露する。
今では、恒例のイベントとなってきた。

熊本県で開催された今年の全国支部長会議でも、甚句の披露が行われた。
よく響き渡る美声にみんなは聞きほれて、うっとりとしていた。
同席していた古葉竹識監督もすっかり魅了されていた。

南裕之さんは、息子さんも東京国際大学を卒業させ、親子二代の卒業生となった。
温和な人格であり、支部会員からも慕われている宮崎県支部長であります。

(7月31日記 池内和彦)
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夕焼け

2008年07月29日 | 日記
                       巣鴨の夕焼け

毎日暑い日が続いております。
夕立でも降ってほしい東京のこの頃です。

その反面、
夕焼けがきれいに見える毎日です。

巣鴨の駅に向かう途中、空が広く見える。
夕方、とてもきれいな夕焼けであったとケータイに写メールがあった。

まるで映画のセットみたいに鮮やかなコントラストが出ている。
三丁目の夕日という映画があった。
ラストシーンに出てくる夕焼けのシーンを思い出す。
東京にもまだまだ美しい自然の景色が残っている。

猛暑が続くなか、ほっとするたそがれ時のひと時である。

(7月29日記 池内和彦)
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映画「歩いても歩いても」

2008年07月27日 | 芸能
                    映画「歩いても歩いても」

映画「歩いても歩いても」を観てきた。
是枝裕和監督作品。
「誰もいない」でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。
そのときの母親役であったYOUが長女役でまた抜擢されている。

とてもゆっくりと進行していく内容である。
小津安二郎監督の家庭劇を思い出す。

夏のある日、実家に集まる姉の家族と次男の家族。
長男の15回目の命日でもあった。
母親役の樹木希林がなんともいえない自然の味を出している。
医者の夫を支えてきた専業主婦で、家庭料理を美味く作る。
とうもろこしの実をかき揚げとしててんぷらであげるとこなどいい。

かつて開業医を営んでいた横山恭平(原田芳雄)と妻とし子(樹木希林)の家に、長女ちなみ(YOU)と次男良多(阿部寛)、そしてそれぞれの家族が集まった。
皆、この家の長男だった純平の命日に合わせての帰郷だ。
良多は優秀だった亡き兄といまだに比較される、何をやらせてもちょっと冴えない男。
現在失業中であることも妻にしか告げておらず、なんとかこの場をやり過ごして早く戻りたいと思っている。
やがていつもの年と変わらない夏の一日が始まってゆく・・・。

良太の妻役は、NHKドラマ「トップセールス」で好演した夏川結衣。
子供連れで再婚した良太の賢い嫁を演じている。

是枝監督は、「誰もいない」でも家庭劇を演出した。
今回の「歩いても歩いても」でも、一般的などこにもありそうな家庭をうまいシナリオでドラマとして書き上げている。
前作同様に坂道や階段のあるシーンを多く取り上げて人生を象徴している。

久しぶりにゆったりとした映画を鑑賞した。

(7月27日記 池内和彦)
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緒形拳さんからの暑中見舞い

2008年07月26日 | 芸能
                     緒形拳さんからの暑中見舞い

例年通り、竹早高校の先輩である俳優の緒形拳さんからの暑中見舞いのはがきが届いた。
緒形拳さん独特の字で書かれていた。

暑中御見舞申上げます。
8月2日ヨル9:00~10:30
NHKドラマ『帽子』
是非ごらん下さい。
    緒形拳

NHKが力を入れて製作したドラマ。
NHK広島放送局開局80周年の記念番組。

物語は、広島の呉で山本五十六司令長官の帽子を作った帽子店がある。その誇りをもって今では学生帽の製作にしている一人の職人がいる。
主人公を緒形拳さんが演じる。
パソコンで、このドラマ「帽子」の動画の予告編が観れるので、観たらいいでしょう。
8月2日(土)の放映日が今から楽しみです。

(7月26日記 池内和彦)
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富永忍さんのこと

2008年07月23日 | 友人
                 武蔵野三小・三中時代の友人/富永忍さん

武蔵野第3小学校、第3中学校時代は、吉祥寺に住んでいた。
同期生の仲間に富永忍君がいる。
何事にも積極的な人であり、時代を先読みすることに長けている人です。

同窓会を開催するときは、幹事役となりに必ず準備会に参加してアイデアを出しております。
写真を趣味としているので、同窓会のスナップや集合写真を撮影しています。
参加者に対しては、その写真をプリントして郵送したり、最近ではCD写真集に製作して渡しています。

会って話題となるのは、小学生のころ遊んだ思い出がよく出てきます。
今考えるとぞっとするような危険な遊びもしたことがあります。

富永忍君は、東京電機大学卒業後、オリベッティに入社して、コンピューターシステム部門で活動してました。
そのときのノウハウを生かして、今ではエクステンドという会社の経営者です。

音響理論と音響アンプ装置の技術応用を製品化している。
主にボウリング場において最先端設備に貢献している。

ボウリング業界やプロ選手の知識も豊富です。
関根直子プロ(東京国際大学)についても、よく知っていたので嬉しくなった。
これからボウリング界をリードしていくプロであると関根直子さんのことを評価していた。

(7月23日記 池内和彦)
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球泉洞

2008年07月22日 | 名所
                    球泉洞(熊本県球磨村)

皆越さん父子に案内されて、球泉洞に行った。
この球泉洞は、35年前の1973年に発見された。
全長4800mあり九州最大の長さの鍾乳洞である。

球泉洞をつくった石灰岩層は、日本列島が形成される以前に海中にできたもので、3億年もの歴史を秘めている。

その日は、今年最高の気温となり猛暑であった。
入り口から長いトンネルが続く。
ひんやりとした空気が体を包む。
鍾乳洞内は夏も冬も16℃という心地よさ。

球泉洞は、球磨川に流入している地下泉が、幾十万年の間、石灰岩層の内部を溶かして作り出した大自然の偉業である。

この鍾乳洞は、見学者用の通路が整備されていた。
通路はセンターに鉄柵があり、左側通行となっている。
高低のあるところは、階段がきちんと造られていて楽に移動ができる。
対抗者にもぶつかることはないので、自分のペースで歩くことができる。

ストロー、つらら石、石筍、石柱、カーテン、フローストーン、リムストーン、洞穴さんごなどの鍾乳石が千姿万態の奇観を現している。
通路には適当に電球が配してあり、洞窟内でも十分な明るさはある。
最初にこの洞窟の発見者のことを考えると、凄いことであると感心するばかり。
地上から洞窟を降りてきて、中に入っても暗闇である。
ヘルメットに装着した電灯をたよりに前へ前へと進んでいった。

今では簡単に入れて自然の神秘を満喫できる球泉洞鍾乳洞。
皆越さんのお陰で、また新たな体験をした。

(7月22日記 池内和彦)
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国宝・青井阿蘇神社

2008年07月21日 | 名所
                6月に国宝に指定された青井阿蘇神社

人吉市に青井阿蘇神社がある。
この青井神社は、806年に創建された。
1200年あまりの歴史を誇る。
現在の建物は1609年に再建されたもの。
安土桃山様式の彩色や彫刻が施されている。
屋根が茅葺きとなっている珍しい神社である。

楼門、神殿、拝殿、幣殿がある。
ひと月前の6月9日に国宝に指定された。
街中には、国宝指定・青井阿蘇神社ののぼりがあちらこちらに立てられていた。

青井阿蘇神社の国宝指定について、次のような案内があった。
茅葺き社寺建造物では日本初。
神社の国宝指定は47年ぶり。
九州内の建造物では55年ぶり。
日本最南端の国宝建造物。

人吉で最も新しく国宝に指定された茅葺きの青井阿蘇神社に遭遇したのも何かの縁である。

(7月21日記 池内和彦)
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球磨川の美しい水面

2008年07月20日 | 日記
               山が水面にきれいに映し出されている球磨川

熊本から人吉へ特急電車に乗った。
八代から薩肥線として鹿児島県の隼人まで延びている。
川線と呼ばれる人吉までは球磨川沿いに走っていく。

その景色は、旅人にはあきさせないものを持っている。
緑の覆われた山々の情景が、鏡のような水面に映し出されている。
なんと美しい景色なのであろうか。

初めて乗車した列車から予想しなかった感動の景色がそこにあった。
車中の乗客たちも歓声をあげて車窓の景色を眺めていた。

上流に進むほど川の流れは急流となっている。
途中、球磨川下りの船も見えた。
球磨川下りは、日本三大急流下りのひとつである。
最近は、ゴムボートに乗り激しい流れを下るラフテイングも若者たちに人気があるようだ。

途中に「一勝地」という名前の駅があった。
この駅の入場券は、受験生やスポーツ大会などに出場する選手には、縁かつぎとして人気がある。とのこと。
一時間半ほどの乗車で、相良700年の歴史が息づく九州の小京都と呼ばれる「人吉」に到着した。

人吉は、城下町の風情を残す町並み、重要文化財の建造物や史跡、湯量豊富な温泉もたくさんある。

(7月20日記 池内和彦)
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熊本城の二様の石垣

2008年07月19日 | 歴史
                       熊本城の二様の石垣

熊本城に「武者返し」がある。
天下一流と名を馳せた熊本城の石垣は「清正流石垣」と呼ばれ、独特の弧を描く扇の勾配で造られている。
下は、30度ほどとゆるやかながら、上に向かうに従って角度を高め、天端では75度の絶壁になっている。
高さ十間から二十五間までの石垣の高さごとに反りの角度を数種類に分けていたことがわかる。

二様の石垣は、手間の清正時代のゆるやかな石垣角と奥の細川時代の急勾配の石垣角からなっている。

(7月19日記 池内和彦)
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400年目の熊本城・本丸御殿が復元

2008年07月18日 | 名所
                   熊本城の本丸御殿「昭君之間」

熊本城は、1608年に加藤清正により築城された。
西南の役(明治10年)開戦の3日前に天守閣と本丸御殿が焼失した。
天守閣は昭和35年に再建築されていた。
築城400年に合わせて、今年の2月に約5年かけた本丸御殿が復元された。
その陰には、当時の絵図や文献が残っていたことが大きな要因である。

本丸御殿に入ると木の香がする。
建築や内装には最上級の技術が施されている。

配膳を行っていた大御台所の「御膳立之間」。南に繋がる「イロリの間」の床材にはヒノキが用いられ、吹き抜けの天井を支えているのは、直径1m、長さ12mもの巨大な赤松の梁。最上部には煙出も復元された。

復元の作業工程がビデオに映し出されている。
藩主が会見場とした「昭君之間」は、荘厳な雰囲気が漂う。
最高格式に設けられた部屋の各所には漆塗りや飾り金具が配され、圧倒される立派なものだ。

いい機会に熊本城を本丸御殿を見学できた。

(7月18日記 池内和彦)
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霞会・全国支部長会議(IN熊本)

2008年07月17日 | 日記
               全国支部長会議出席者と熊本県支部会員

熊本で霞会(東京国際大学同窓会)全国支部長会議が開催された。
この会議は、年に一回開催している。
毎年、開催都市を持ち回りで行っているが、初めて熊本市で行った。

昨年から支部連合会として組織を新たにして、尺田庸次代表の主体性のある運営で進行していった。
現在支部活動で問題となっている課題を真剣に討議した。
問題が山積しているので、予定の時間内で終了することは出来なかった。
一生懸命に支部活動をしているところは、時間不足であったようだ。

会議には、熊本県会員もオブザーバーとして見守っていた。
私も東京都支部長として出席して発言を多くして問題点を指摘した。

それを見ていた熊本県の会員からは、次のようなコメントを頂いた。
◎池内先輩の熱い思い(母校や霞会に対しての)は十分に伝わりました。
わが熊本支部でも、なかなか思うような活動ができておりません。
今後、母校の発展をなんとか、OBとして支えられるよう意味の深い、有機的な組織としての霞会作りを目指して頑張りたいと思います。(奥村哲也さん)
◎池内さんのように大学のことや同窓会のことをよく知っている人の意見はとても参考になりました。(今村昌司さん)

会議の後は、古葉竹識監督の講演会、阿久根周逸事務局次長による大学説明会、そして懇親会と続いて開催された。
来年は、茨城県支部が主管をして開催準備をすることとなった。

(7月17日記 池内和彦)
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古葉竹識監督の講演

2008年07月16日 | スポーツ
              霞会全国支部長会で講演する古葉竹識監督(熊本市)

霞会(東京国際大学同窓会)の全国支部長会議が熊本市で開催された。
会議の後、全国から参加した支部長と熊本県支部会員に対して、古葉竹識監督による講演会が開催された。

古葉竹識氏は、本年2月に正式に東京国際大学硬式野球部の監督に就任した。
古葉効果は、メディアの報道が多くなるにつれ、野球部の部員が3倍に増強して150名となったことでも伺われる。

講演は、最初に広島カープを日本一になったときのビデオが写された。
古葉竹識監督は、熊本県の出身。
野球を続けるために、専修大学、日鉄二瀬、そして広島カープに入団した。
プロになって小柄な体形でも、走・攻・守に優れレギュラー出場を保ってきた。
現役を引退後も、広島カープの監督に就任して、日本シリーズで優勝して日本一に導いた実績がある。
そのときのビデオを観ていた古葉竹識監督は、目に熱いものがこみ上げてうっすらと涙を浮かばせていた。

山本や衣笠、高橋、達川など個性のある選手のエピソード。
また、監督自身のことも披露した。
ミスをした選手がベンチに帰ってきたときに、鉄拳制裁をする場合は、必ずテレビカメラを意識して、映っていないときに行っていたようだ。

野球部員に指導していることは、どのようなポジションにいようが、たとえベンチにいるときでもボールからは絶対に目を離さないこと。という。
ボールさえ見ていれば、どのように対処すればいいかが理解できる。

古葉竹識監督は、今所属している東京新大学リーグに優勝して、神宮球場で開催される全日本大学選手権大会に出場して、優勝することが私の使命であると最後にまとめた。

その後の懇親会にも出席して、卒業生との対話を重ねて交流を図っていた。

(7月16日記 池内和彦)



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東京国際大学のモバイルサイト

2008年07月15日 | インターネット
                 東京国際大学のモバイルサイト(QRコード)

東京国際大学がモバイル用のホームページを作成している。
会員登録をすると大学からの情報が送信されてくる。
これから大学を受験する人たちにとっては、最新の情報が得られるので重宝なものとなるだろう。
自分も登録してみた。
大学からは下記のような連絡が送られてきた。

こんにちは東京国際大学(TIU)です。
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〓オープンキャンパス2008〓
次回は7/25(金)・26(土)です。詳しくはコチラからチェック〓
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(7月15日記 池内和彦)
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東京おもちゃ美術館

2008年07月14日 | 社会
                 木製のおもちゃに興じる凌也君

四谷に「東京おもちゃ美術館」がある。
子供の減少により、新宿区では小学校の統廃合が進んでいる。
廃校になった小学校の施設を利用して、この度おもちゃ美術館がオープンした。

このおもちゃ美術館は中野に従来からあったものを移してきた。
四谷の小学校に移転することにより設備の広さは5倍以上になったようだ。

教室を利用して展示室や工房室、実際の体験できるコーナーなどがある。
孫の凌也君を連れて、おもちゃ美術館へ行ってきた。
会場となっている小学校がなかなか分からないので、道すがら聞いてみたが、近隣の人でも知らない人がいた。4人目でやっと小学校までの道筋を教えてもらいたどり着いた。会場まで行きのに案内図が少ないように思う。

工房室では、4つのテーマから子供たちが選んだものを工作して完成する指導をしていた。
凌也君は、紙のトンボを選択して指導員に教わり10分ほどで完成した。
紙トンボを飛ばしてみたが、なかなか上手くいったようだ。

世界各地のおもちゃも展示してある。
北欧のものは、木で作られたおもちゃが多い。
パズル式のものは、中国のものがある。
ボールを上から順次落としていくおもちゃは、子供たちに人気のようだ。

ゲーム機が発達して、子供の興味をとりこにしているが、昔から存在するおもちゃのなかにはよく工夫されているものがたくさんある。
もう一度おもちゃと子供たちの融合を考慮してもよいだろうと思った。

(7月14日記 池内和彦)
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伊佐木健さんの「エッセイ集」

2008年07月12日 | 友人
           伊佐木健さんのエッセイ集「言葉-解体することなく」

武蔵野第三中学校時代の同窓生の伊佐木健さんからエッセイ集が届いた。
タイトルは「言葉-解体することなく
内容は3部構成になっている。
(1)言葉-解体することなく
(2)美しい場所・旅
(3)時代の風

伊佐木健さんは、在学中生徒会長を歴任した。
何しろ勉強の好きな生徒で、仲間達からも先生からも注目を浴びた人でした。
学業成績はいつも学年でトップを堅持していた。
中学を卒業後、都立西高校に進学した。
その後、東京大学法学部に入学して青春時代を過ごした。
卒業後、共同通信記者を経て、今では著述業を主としている。
著書に「僕たちの青春の時代」 「我が心の内なる遥かなコンミューン」 「夏の終り」 「あの美しい海へ」などがある。

中学の同期の同窓会があると代表幹事として献身的に尽力して、みんなを引っ張っていきます。
やはり幹事役の落合(現・須永)さち子さんとは、生徒会正副会長時代から息のあうコンビで貢献してくれています。

このエッセイ集のなかで、「井の頭公園」のことについて記述してある。
伊佐木さんの文章は、とてもきれいに綴られていて詩的な要素を醸し出している。
井の頭公園は、我々の家からすぐそばにあるので幼少のときの思い出がたくさん残っている場所です。

◆美しい場所・旅より
“井の頭公園が私にとってきわめて貴重な存在になったは、私が大学に入ってからです。
 休日や大学の講義がない日の午後、私は同時並行で読み進めている社会科学の書や小説など本を2、3冊持って公園に向かう。神田川が流れ出している、井の頭線の駅があるほうの出入り口から公園に入り、広場を抜けて池のほとりへ。
 取り組んでいる学問上のテーマ。
 政治問題、恋愛、旅行のことなどについて、さまざまな思いにふけりながら池の周りの林を歩く。
 木々は季節ごとに色彩と形の美しい変化を見せ、私の思考に刺激を与えた。
 池を一周して、吉祥寺駅に通じる道の坂まで来ると、その階段を上がっていったん公園を出る。
 駅へと歩き出して間もなく、道沿いに「シェモア」という、外観が山小屋風の造りなっている喫茶店があった。
 私はお気に入りのその店に入り、コーヒーをたのみ(ときにはケーキも付けて)、抱えてきた本をじっくり読んだ。
 それは素敵な読書であった。
 散歩中につくった詩や、学問や社会問題に関しての着想を、店のナプキンにメモしておくこともあった。”

 この伊佐木健さんからのエッセイ集を送られた陰には同じく同期の富永忍君の存在があったことを後から知った。

(7月12日記 池内和彦)
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