日経BP社のネット記事で「なるほど」と思い、かつ自分自身を振り返って反省したことがあったので、抜粋して転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
臼井流 最高の結果を出す人の話し方(臼井由妃)
「まわりの人を困らせる、忙しがりやの「あとしかさん」になっていませんか」(2011年6月23日)
○余裕がない言葉
『いつも、「余裕のよっちゃん」で、いたいわ』 何気なくつぶやいていた私に、『社長、「よっちゃん」とは、どなたですか?」スタッフが、不思議そうな顔で尋ねました。
『えっ、嘘でしょう。あなた、「余裕のよっちゃん」を、知らないの』「余裕のよっちゃん」は、かつて仲間うちで、軽いギャグとして使っていた言葉です。私と同世代の方には、「懐かしい」、「そう言えば使っていたよね」と思い出される方もいらっしゃるにではないでしょうか。
「余裕のよっちゃん」は、語呂合わせから生まれた言葉だと思いますが、若いスタッフにとっては、なじみがない。平成生まれの方には、もはや死語。いわゆる「寒い言葉」なのかも、しれませんね。
ビジネスの場で、このようなギャグをやたらと飛ばすのも不謹慎かと思いますが、笑いの要素は、場を和やかにするのは確かです。ですから、寒いギャグであろうと、時には必要だと思います。
目をつり上げて、「忙しい」を連発する人や、腕まくりをしながら、「時間がない」が、口癖になっている人、「駄目」「ムダ」「どうせ」など、気分が滅入る言葉を言う人。こうした「余裕がない言葉を使う人」よりも、ギャグを飛ばす人の方が、好感をもたれます。「オヤジギャク」だとか、「古い」と言われても、受け入れられるのです。 それは、笑いには余裕を感じるから。また笑いによって、緊張した空気が変わるからです。
一方、余裕がない言葉を浴びせられたら、どうでしょうか。周囲は焦ったり緊張したり、不測の事態を招くこともあります。さらにいえば、余裕がない言葉を使う人とは、積極的に付き合いたいとは思いません。 追いまくられるようで不快ですし、命令されているような感覚も抱きます。ですから、応援や協力も得にくくなって、仕事もはかどらず、ますます余裕がない状況になってしまうのです。
○「あとしかさん」では、ありませんか?
仕事ができる人や有能な人ほど、「忙しい」とか「時間がない」とは、言わないものです。これらの言葉を使うことは、段取りが悪い、決断できないなど。ビジネス能力の不足や見極めの甘さを、公言しているようなものだからです。 しかし、「忙しい」「時間がない」と口にすることが、世の中から認められている。頼りにされている。これらの言葉が、人気のバロメーターのように、誤解している人もいます。
かつての私もその一人でした。「ああ忙しい」(私だけ)「時間がないわ」(早くしてよ)。勝手に忙しがっているだけなのに、「少しは私に配慮して欲しい」という思いを、にじませていました。 常にこんな調子ですから、「あと」「しか」も、頻繁に使っていました。「出かけるまでに、あと30分しかないわよ」そう言って、社員を焦らせていました。
相手はその30分の中で、「あれもこれも、やらなくてはいけない」「そうだ、あの人に連絡をしなくては」「書類はどうしよう」と、いろいろな物事が駆け廻り、頭の中がパニックになります。 実際、私の言葉に慌てた社員が、忘れ物をしたり外出先で余計な事を話したり。考えられないようなミスも、生じました。
「あと30分ある」に、「しか」がプラスされることで、一気に追い詰めていたのです。
こうした場合、「あと30分あるから、慌てないでいいですよ」「あと30分も、あるからね」と言われたら、ずいぶんと気持ちがラクになりますよね。忙しがり屋の「あとしかさん」では、周囲をキリキリ舞いさせるだけ損ですよ。
さてあなたは、どうでしょうか。
(転載終了)※ ※ ※
臼井さんは私より3つ年長。当然私も「余裕のよっちゃん」は知っている。オヤジギャグはさておき、私はせっかちの貧乏症だから、胸に手をあてずとも、あちこちに思い当るところがある。再発後、心穏やかにゆったりとロッキングチェアに揺られて・・・と言いつつ、家では内心(私だけ大変!)という匂いをぷんぷんさせて夫も息子も煽っているのは否めない。「余裕のないあとしかさん」にはならないように、と自戒を込めて、ひたすら反省、である。
そして、再発治療開始後はとみに、何かお誘いがあった時に、「忙しい」と言った途端に自分から人との付き合いを断ち切ることになる、と思うようになった。忙しいのは皆一緒。けれど、だからこそ時間は作るもの、だと思う。「それでもあなたとお会いしたい」と思う気持ちがやりくりさせるのだ、と。
今日は朝のうちは曇っていたけれど、湿度は高くサウナのよう。昼前からは夏の日差しになり、気温がぐんぐん上がった。市内では午後1時の気温が33℃だったという。そんな中で午前中に力仕事をする羽目になり、あっという間に汗ばんだ。お昼はごく少なめに、水分だけは出来るだけ取って済ませた。職場では「(予定)使用電力量値に達したので節電を」の放送があり、さらに一部の天井灯が消えて事務室は暗くなった。風があるのでまだ良いけれど、除湿だけでも出来るといいな、と思うのも今のご時世贅沢だろう。
昨日の投与後、今のところお腹の気持ち悪さはあるが、ナウゼリンを飲まなければならないと思うほどではない。ロキソニンだけは明日の昼まで予定通りに飲む。明日は昼から都心に出張、土曜日は出勤、日曜日も予定ありなので、なんとかこのままやり過ごせると良いのだが・・・。
※ ※ ※(転載開始)
臼井流 最高の結果を出す人の話し方(臼井由妃)
「まわりの人を困らせる、忙しがりやの「あとしかさん」になっていませんか」(2011年6月23日)
○余裕がない言葉
『いつも、「余裕のよっちゃん」で、いたいわ』 何気なくつぶやいていた私に、『社長、「よっちゃん」とは、どなたですか?」スタッフが、不思議そうな顔で尋ねました。
『えっ、嘘でしょう。あなた、「余裕のよっちゃん」を、知らないの』「余裕のよっちゃん」は、かつて仲間うちで、軽いギャグとして使っていた言葉です。私と同世代の方には、「懐かしい」、「そう言えば使っていたよね」と思い出される方もいらっしゃるにではないでしょうか。
「余裕のよっちゃん」は、語呂合わせから生まれた言葉だと思いますが、若いスタッフにとっては、なじみがない。平成生まれの方には、もはや死語。いわゆる「寒い言葉」なのかも、しれませんね。
ビジネスの場で、このようなギャグをやたらと飛ばすのも不謹慎かと思いますが、笑いの要素は、場を和やかにするのは確かです。ですから、寒いギャグであろうと、時には必要だと思います。
目をつり上げて、「忙しい」を連発する人や、腕まくりをしながら、「時間がない」が、口癖になっている人、「駄目」「ムダ」「どうせ」など、気分が滅入る言葉を言う人。こうした「余裕がない言葉を使う人」よりも、ギャグを飛ばす人の方が、好感をもたれます。「オヤジギャク」だとか、「古い」と言われても、受け入れられるのです。 それは、笑いには余裕を感じるから。また笑いによって、緊張した空気が変わるからです。
一方、余裕がない言葉を浴びせられたら、どうでしょうか。周囲は焦ったり緊張したり、不測の事態を招くこともあります。さらにいえば、余裕がない言葉を使う人とは、積極的に付き合いたいとは思いません。 追いまくられるようで不快ですし、命令されているような感覚も抱きます。ですから、応援や協力も得にくくなって、仕事もはかどらず、ますます余裕がない状況になってしまうのです。
○「あとしかさん」では、ありませんか?
仕事ができる人や有能な人ほど、「忙しい」とか「時間がない」とは、言わないものです。これらの言葉を使うことは、段取りが悪い、決断できないなど。ビジネス能力の不足や見極めの甘さを、公言しているようなものだからです。 しかし、「忙しい」「時間がない」と口にすることが、世の中から認められている。頼りにされている。これらの言葉が、人気のバロメーターのように、誤解している人もいます。
かつての私もその一人でした。「ああ忙しい」(私だけ)「時間がないわ」(早くしてよ)。勝手に忙しがっているだけなのに、「少しは私に配慮して欲しい」という思いを、にじませていました。 常にこんな調子ですから、「あと」「しか」も、頻繁に使っていました。「出かけるまでに、あと30分しかないわよ」そう言って、社員を焦らせていました。
相手はその30分の中で、「あれもこれも、やらなくてはいけない」「そうだ、あの人に連絡をしなくては」「書類はどうしよう」と、いろいろな物事が駆け廻り、頭の中がパニックになります。 実際、私の言葉に慌てた社員が、忘れ物をしたり外出先で余計な事を話したり。考えられないようなミスも、生じました。
「あと30分ある」に、「しか」がプラスされることで、一気に追い詰めていたのです。
こうした場合、「あと30分あるから、慌てないでいいですよ」「あと30分も、あるからね」と言われたら、ずいぶんと気持ちがラクになりますよね。忙しがり屋の「あとしかさん」では、周囲をキリキリ舞いさせるだけ損ですよ。
さてあなたは、どうでしょうか。
(転載終了)※ ※ ※
臼井さんは私より3つ年長。当然私も「余裕のよっちゃん」は知っている。オヤジギャグはさておき、私はせっかちの貧乏症だから、胸に手をあてずとも、あちこちに思い当るところがある。再発後、心穏やかにゆったりとロッキングチェアに揺られて・・・と言いつつ、家では内心(私だけ大変!)という匂いをぷんぷんさせて夫も息子も煽っているのは否めない。「余裕のないあとしかさん」にはならないように、と自戒を込めて、ひたすら反省、である。
そして、再発治療開始後はとみに、何かお誘いがあった時に、「忙しい」と言った途端に自分から人との付き合いを断ち切ることになる、と思うようになった。忙しいのは皆一緒。けれど、だからこそ時間は作るもの、だと思う。「それでもあなたとお会いしたい」と思う気持ちがやりくりさせるのだ、と。
今日は朝のうちは曇っていたけれど、湿度は高くサウナのよう。昼前からは夏の日差しになり、気温がぐんぐん上がった。市内では午後1時の気温が33℃だったという。そんな中で午前中に力仕事をする羽目になり、あっという間に汗ばんだ。お昼はごく少なめに、水分だけは出来るだけ取って済ませた。職場では「(予定)使用電力量値に達したので節電を」の放送があり、さらに一部の天井灯が消えて事務室は暗くなった。風があるのでまだ良いけれど、除湿だけでも出来るといいな、と思うのも今のご時世贅沢だろう。
昨日の投与後、今のところお腹の気持ち悪さはあるが、ナウゼリンを飲まなければならないと思うほどではない。ロキソニンだけは明日の昼まで予定通りに飲む。明日は昼から都心に出張、土曜日は出勤、日曜日も予定ありなので、なんとかこのままやり過ごせると良いのだが・・・。