インテリジェント ワークス

子供達との泣き笑い

敵は我に有り

2007年06月01日 | 歴史
最近コマーシャルで流れる任天堂DSの眼力(めぢから)。
視力では無くて、動体視力や周辺視野を言います。

と言い放っておりますが「動体視力だって充分に視力じゃん」と思う塾長です。
こんなテレビゲームに熱中してたら、かえって視力が落ちないか?

第一「めぢから」と言うのは本来日本語に有る単語。
そもそもは目にその人の精神力が現れている状態を指して使う言葉でございます。
(正しくは目力と書く)

因みに眼力(本当はがんりきと読む)とは、見た目に捉われず物事の本質を見抜く力、または先の事を読む力の事を指して使う言葉なのですよ。

塾生はコマーシャルに影響されて、言葉本来の意味を間違えて覚えないようにね♪
将来、受験問題に必ず引っ掛けで登場しますよ。




さて、守備が向上しない為になかなか打撃練習に行けない平成塾。

それでも先日の練習ではABクラスの塾生に、打撃練習の機会が与えられました。


塾生に交代で打たせますが・・・

見てよ、このバッターの大きさ。

座っているキャッチャーよりも小さいバッターってどうよ?
一寸法師が鬼と戦っている光景を想像するのは塾長だけ?

こう言うバッターに打たせるのは本当に大変です。
ストライクゾーンがやたらと狭いので、投げるピッチャーも針の穴を通すコントロールが要求されるのです。

しかも速い球は打てません。
遅い球も打てません。
当てれば泣きます。

せめてもの救いは、マチャキに限って顔面に当てても、前歯を失う心配が無い事だけ。

ピッチャーを行った市川コーチと本間コーチは本当に御苦労様でした。


こちらはもっと大変。

似たような大きさのナオキ小ですが、既に前歯が生えそろっております。
迂闊に顔に当てたら、せっかく生えたばかりの永久歯が無くなります。

ピッチャーの気の使いようと言ったら、それはそれは大変な物なのでございます。

それでも打ち易い球を何度も何度も正確に投げ、バッティングフォームの悪い所を直して良い当たりが出るように丁寧に教えて行く指導陣。

にも関わらず・・・・


適当な打ち方で凡打を繰り返します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (-"- )





そもそもバッティングは、野球の中でも最も楽しいプレーのひとつ。
澄み渡る青空に、自分が放った白球が吸い込まれて行く所なんて、これ以上は無い気持ちの良さなのです。

それだけに遠くへボールを飛ばしたくなるのですが。

ここに落とし穴が有るんですね。
打つ前から遠くへ飛ばそうとするあまり、身体中に無駄な力が入ってフォームが崩れます。
結果、バットが遠回りしたり、腰が開いて、バットがボールに正確に当たらなくなるのです。


現在の6年生の中では最も頼れる秘密兵器。

無駄な力が入らず、自然体でボールに集中しています。

打撃はその技術も大切ですが、自分自身の精神力との戦いでも有るのです。