散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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Y先生、信州より来る

2013-05-09 08:17:43 | 日記

たかがブログ、されどブログで、むやみに知人友人の個人情報を明かすのもためらわれ、S君とかT君とか書いている。

アルファベットは26しかなく(もっとたくさんある言葉もあるが)、実名を意識すると中国の友人でもなければXやQは使えないから、早晩重複が生じる。困ったな。

 

三男の学年は2クラスしかないところへ、同姓同名の男の子が二人入学してきてしまった。

当然ながらこの二人は三年間を通してA組とB組に分けられ、弁別のため「Aヨコ」「Bヨコ」と呼ばれる日常である。

(ヨコ◯君たちなのだ。これも個人情報をギリギリで伏せる。)

この伝で行けばいいか。

 

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連休明けの火曜日、信州のY先生に急な来京の予定が生じ(上京とは言わずにおく)、これ幸いと幕張までお越しいただいて打ち合わせかたがた歓談した。

連休には御家族と松代を訪問なさったとのこと、信州松代で何を連想する?

 

僕らの世代は、松代地震の記憶がある。若いY先生は、今回の訪問で初めて聞いた由。

ぼんやりした記憶なので、どんなものだか再確認してみたら、これ正しくは松代群発地震という。

1965年(昭和40年)8月3日から約5年半にわたって続いた「世界的にも稀な長期間にわたる群発地震」とある。

原因には、地下の溶岩の上昇が関わっていたらしい。火山性のものなのだ。

 

火山は怖いが、おかげで温泉が出る。

Y先生によれば、松代の温泉は驚くほど湯の質が良いのだそうな。

鉄分と塩化物イオンを多く含み、湧出時は透明なのに空気に触れると沈殿を生じる。

疲労回復の効果が抜群で、それやこれやが有馬温泉と似ているとY先生の談。

 

歴史の話をするなら、松代は佐久間象山や恩田木工を輩出した土地である。

そしてもうひとつ、大戦末期に地下大本営の造営が進められていた場所でもあった。

いま、それは訪問可能な観光スポットとして一般に公開されているが、地元の人々や他所から徴用されてきた日本人・朝鮮人労働者にとっては、命がけの危険な作業現場であった。(仔細は wiki でも簡単に調べられるから省略する。)

 

当時わが父を含む陸軍士官学校第60期生は、繰り上げ卒業の後に小諸あたりで演習しつつ待機していた。

完成の暁には、松代大本営周辺で軍務に服す予定だったのだろう。

終戦の詔勅後、情報錯綜し、いったんは東京へ入ると告げられて実弾を配備された。

その出発が延期され、やがて中止となり、そこから各自の故郷へ散っていったのである。

 

*****

 

駅前で海鮮丼を食べる。

美味しかったが、あんなによく利くワサビは久しぶりに口にした。

「先生は・・・」と話し出した途端に絶句、鼻から目へ火の柱が上る感じ。

「ワサビ、きつそうですね」と気の毒そうに言ったY先生、「実はここのところ・・・」と話しかけて同じく絶句、涙目でこらえてらっしゃる。

ワサビはこうでなくちゃ。

 

店を出て珈琲を飲めるところを探す。

キョロキョロ見回して気づいた、Y先生は背広姿に、ごっついバックパックを背負っている。

「読むか読まないかわからない本を、つい持ち歩いてしまいまして」と照れくさそうにおっしゃった。

その姿、どこか家出少年風ですよと言いかけて思い出した、かつてY先生はホンモノの家出少年だったのだ。

 

今般は放送大学の放送授業の件でお越し頂いた。

自分の担当部分で仏教関係者の協力がほしいが、どうやって探したものか分からないとつぶやいたら、たちどころに4人ほどの候補者をあげてくださった。これが研究者というものだ。

 

「世間のどこにどういう人物があるか、日頃からちゃんと知っておくものだ」ということが、確か『氷川清話』の中にあったと思うが、僕にはこれができていない。Y先生は少なくとも死生学の領域において、そうしたことを当たり前にしている。殊更「している」というよりも、関心の赴く結果として自ずとそうなるのだ。引き比べて慚愧に堪えず。

 

大学構内を一巡り案内してフロアに戻ると、I 先生が会議を終えて帰室しておられた。

Y先生をお連れすると、いかにも嬉しそうに挨拶なさる。Y先生も嬉しそうである。

旧知の仲、I 先生もまた本物の研究者であり、またホンモノの家出少年であった。

 

少年たるもの、一度は家出しなければならないのであろう。

ジイドに『放蕩息子の帰還』という短編がある。

(たぶん、そう訳すのだと思う。珍しくフランス語で読んだので。)

むろん、福音書の物語に想を得たものだが、ここでは帰還した息子の幼い弟が、兄の話を聞いて自分もまた家を出ることを決意していくのだ。

聖書はこういう読み方をしたい。護教的な訓詁注解はたくさんだ。

 

Y先生を I 先生に送り渡して部屋へ戻ると、入れ違いにU先生に声をかけられた。

「この間は酔っ払って、ええかげんなことを言うて・・・」

これまた少年のような照れくさそうな笑顔を浮かべ、抜き刷りをひと山、手渡してくださった。

1977年から1992年に及ぶ合計9部は、いずれも旧約聖書の身体イメージをヘブル語の原典テキストに丹念に拾った労作である。創世記から始め、最後のものはヨシュア記、今も作業を続けておられるという。

 

「こんなものは、大学紀要でもないと載せてくれません。」

「ヘブル語の字母を拾うのを、印刷屋さんが嫌がってねぇ。」

なるほどそうでもあろう。

私自身、学生時代に古典ギリシア語やヘブル語のごく入門編をかじったとき、使ったテキストは手書き・ガリ版刷りの資料をそのまま製本したようなものだった。今も手許においてある。

今ならばPCフォントを使って、何の造作もないことであるけれども。

 

U先生は定年までかなりの年数を残しながら、来春には故郷三重に帰って行かれる。

この労作もまた、「研究」というものが何であるかを雄弁に教えてくれる。

 

僕自身、紀要でもなければ拾ってもらえないネタを、中途半端に収拾したまま放ってあるのだった。

ブログなんか書いてる場合ではない。

勉強しなければ!

 

 

 

 

 

 


涼しい朝、T君は出張から帰り、内田樹は新聞で吠える

2013-05-09 07:28:51 | 日記

T君は海外出張していたのだ。

ライラックなどの写真の件で御礼を言ったら、下記の返信が来た。

 

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1日から5日まで、ドバイとカイロに出張してきました。
ドバイというのはグローバライゼーションの最先端のようなところで、エミレーツ航空と24時間空港で中東、アフリカのGATEwayを目指す人工都市。世界一の800mのタワーや世界最大のショッピングセンター、そしてホテルだらけの多民族都市でアラブ人はわずか20%だそうです。どこに普通の人が住んでいるのかと思う、生活感の全くないところでした。

一方カイロは民主化と原理主義がせめぎ合い、街にはゴミがあふれる先発後進都市で、1千万都市なのに街のいたるところで馬車が走ってます。

いろんな意味で対照的なアラブの街を見て、いろいろ考えさせられました。もちろん、カイロを応援したい。

 

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へぇ~、そうなんだ。

ドバイを地図で見ると、ホルムズ海峡直近、一朝有事の際は800mのタワーがいい攻撃目標になっちゃうだろう、大変だなと思ったが、考えてみればここはブッシュ親子と世界最強のアメリカ軍が、背後にしっかり付いているんだね。このタワーを建てたのはどこの国の建設会社かな。

 

カイロを応援したいというT君を、もちろん応援したい。

ガンバレ!

 

昨日、2013年5月8日の朝刊、内田樹が「壊れゆく日本という国」と題してオピニオンを展開している。

いつもながらのキレの良さで、「ことあるごとに『日本から出て行く』と脅しをかけて、そのつど政府から(ということは日本国民から)便益を引き出す」企業のグローバル化を痛烈に皮肉っている。

 

環境保護コスト、製造コスト、流通コスト、人材育成コスト、あらゆるコストを外部化して国民国家に押しつけ、利益だけを確保しようとするのがグローバル企業の基本戦略だと総括するのだが、中でもあまりにごもっともで苦笑したのは、「グローバル化と排外主義的なナショナリズムの亢進が、矛盾しているように見えて実は同じコインの裏表」という指摘だ。

 

国際競争力のあるグローバル企業は「日本経済の旗艦」である。だから一億心を合わせて企業活動を支援せねばならない。そういう話になっている。(中略)これらの本質的に反国民的な要求を国民に「のませる」ためには「そうしなければ、日本は勝てないのだ」という情緒的な煽りがどうしても必要になる。(中略)だから、安倍自民党は中国韓国を外交的に挑発することにきわめて勤勉なのである・・・・・

 

この件と、一つ前のブログで書いた「男の子達の意味飢餓」がくっつくとエラいことになるだろうが、それはアタマのいい人々の構想の中では、たぶん既にくっついているのだ。

 

エラいことだ。

 

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経済音痴なのでその部分の当否は言えないが、大きな認識については内田樹と全面的に同感だ。

ひとつだけ追記を付すなら、「国民の利益の保護増進を至上命題とする」という意味での国民国家が、かつてこの国に存在したことがあるかどうかを疑問に思う。

それすらなかったその上に、似非の「グローバル化」が乗っかってくる。

モダンを通過しないポストモダンと、同型であり同根である。