9時半起床。身支度を整え、11時半過ぎに家を出る。今日は、愛人に会いに行く。
総武線直通の横須賀線に乗り、競馬新聞を開く。そう、愛人とは、今日の中山競馬場で行われるメインレース(ターコイズステークス)に出走する牝馬、レッドリヴェールのことである。2年前の札幌2歳ステークスの走りを見て惚れ込み、それからずっと応援してきた馬だ。2歳牝馬G1の阪神ジュベナイルフィリーズを勝って最優秀2歳牝馬を受賞し、その後3歳になってからは桜花賞2着(1着はハープスター)の後、牝馬でありながら日本ダービーにも挑戦した(結果は12着)。その後は、体の小ささや体質の弱さもあってなかなか結果が出せず、かれこれ2年勝利から遠ざかっている。近走は他馬との接触もあり、自分より大きな馬を怖がって本気で走らなくなっているらしい。ファンや出資者の間では、もう引退させて繁殖牝馬として次のステージへ移行させてあげたほうがいいのではという意見も出てきている。また、普段は栗東(関西)の厩舎に所属している彼女は、体質の弱さから輸送が苦手ということもあり、関東で出走するのは珍しい。そんな彼女が珍しく関東で出走するということで、今回応援に行くことにしたのである。もちろん、直接会うのは初めて。これまでずっと応援してきたこともあって、長年文通を重ねてきた恋人と初めて会うようなワクワク感がある。
船橋法典駅で降り、専用口から中山競馬場へ向かう。競馬場へ向かう専用通路で、今年の有馬記念のファン投票最終結果が発表されていた。1位は、当然ながらゴールドシップ。究極の気分屋で、きちんと走るかどうかは誰もわからないが、走れば最強の馬だ。ちなみに、レッドリヴェールもゴールドシップと同じ須貝厩舎だし、有馬記念でゴールドシップに騎乗する内田騎手は、今日レッドリヴェールにも騎乗する。
今日の目的はレッドリヴェールと会うことだけなので、メインレースまではノータッチ。まずは、場内の地下にあるラーメン屋「翠松楼」でチャーシューワンタンメンを食べる。シンプルな味付けで胡椒は必須だが、だからこそ安定の美味しさが実現されている。
第10レース(メインレースの1つ前のレース)からパドックに陣取り、レッドリヴェールの登場を待つ。寒空で30分以上待ったが、彼女が出て来た瞬間の胸の高鳴りで寒さは吹き飛んだ。小柄で華奢な身体、肌のハリや艶、おしりの肉付き、そしてつぶらな瞳。完璧な可愛らしさ。そして、可愛らしさの中に凛とした美しさもある。もちろん、競走馬に求められる力強さには欠けた身体かもしれない。しかし、彼女は元々強靭な精神力、闘争心で周囲を蹴散らしてきたタイプである。その気持ちさえ戻っていれば、問題はないだろう。ちなみに、「身体は華奢だが気は強い」というのは、私の人間の女性に対する好みとも完全に一致する。今日初めて会ってみて、私にとってレッドリヴェールは、もはや馬という次元ではなく、愛する女性なのだということを悟った。妻には、この浮気だけは許してもらいたい。
ターコイズステークスは、今年から重賞に格上げされた牝馬限定のマイル戦である。
レッドリヴェールの横断幕。ちなみに、「リヴェール」はフランス語で「夢見る人」という意味だ。
ついに登場。
担当厩務員の今浪さんと登場。今浪さんは、ゴールドシップも担当されている。
ちょうど私の目の前で騎手を待つ形になった。これも運命だろうか。
目が合った!
内田騎手が騎乗。
ちなみに、レッドリヴェールは単勝7番人気。かつてG1を制した馬としては納得のいかない評価だが、近年の実績や直前の調教、馬体の様子から冷静に考えれば、これでも過剰人気といえるかもしれない。おそらく、彼女の復活を願っているファンがたくさんいるのだろう。私も、復活への願いを込めて馬券を買った。
今日初めてコースに出て、ゴール前かつ最後の直線の全容が見られる場所に陣取る。発走は15時25分。スタート直後、スクリーンに映るアップの映像を見て、思わず顔をしかめる。内田騎手が押して促しているにも関わらず、彼女は出たなりに走るだけで一向にペースを上げようとしない。やはり、他の馬を怖がっているのだろうか。結局、そのまま中段後方を走り続け、最後の直線で鞭が入っても全くと言っていいほど何の反応も見せずに、ただ同じペースで回ってきただけだった。結果は、16頭中の15着。ありえない結果である。能力は持っている馬なので、やはり走るのが怖くなっているのか、もしくは嫌いになっているのだろう。
レースを終えて、競馬場を後にする。西船橋駅行きのバス乗り場に向かう途中、涙がこぼれそうになった。負けたことが悔しいのではない。もちろん、お金を損したことを嘆いているのでもない。彼女から競走馬としての闘争心がなくなっていることがショックであり、それでも走ることを強いられていることが歯がゆいのである。個人馬主ではなく、クラブの所有馬だから、無理してでも5歳まで走らせられるのかもしれない。しかし、彼女は元々それほど値段の高い馬ではなかったし、G1を含む重賞2勝と十分に期待に応えてきた。もう、これ以上彼女に命を削ることはさせず、引退させることは出来ないだろうか。もちろん、繁殖牝馬としての道もそれほど楽ではない(毎年妊娠させられるのだから)が、牧場に帰れば、少なくとも今よりも穏やかな日々が待っているだろう。彼女には、もう十分にその権利がある。
18時半過ぎに帰宅し、妻と合流。少し休憩してから、大船へ焼肉(ホルモン)を食べに行く。わずか数分で1万円をすった私を気遣って、妻がご馳走してくれた。愛人にお金を費やして無一文になって帰ってきた夫を気遣ってくれるなんて、素晴らしい妻である。
そういえば、という書き方は失礼なのだが、先日の部署の忘年会で、部の皆さんが私の結婚をお祝いしてサプライズでプレゼントをしてくれた。しかも、私が以前後輩に欲しいものとして漏らしていた「KATHARINE HAMNETT」の革靴である。こんなに素晴らしいものを頂けるなんて。それに何より、こうして皆さんからお祝いをしてもらえたこと自体が、本当に嬉しかった。ありがとうございました。