「じぇんごたれ」遠野徒然草

がんばろう岩手!

駒木のお堂、社  序

2008-10-09 21:11:09 | 歴史・民俗
 郷土史分野が素人ながらも一応専門という位置付なのですが、ここにきてある程度、民俗分野にも足を踏み入れそうな雰囲気・・・・。

 といってもまずは身近なところから、地元からはじめようということで、晩秋の頃から再開となる遠野の城館址探訪の合間にでもと考えているところです。


 さて事の発端は、遠野発信ブログ「遠野なんだりかんだり」で取り上げた宮大工、小原樗山の足跡を訪ねるシリーズの参、これに触発されてのことでもありますが、まずはそのエントリーに記された小原樗山の長男、小原喜蔵氏が遠野で手がけた社建築の中に駒木関連も含まれ、これをまずは調べてみようということでもあります。


 まずは・・・・

 駒木の菊池氏の稲荷神社

 地元の宮大工、山善氏と関りが深かった小原喜蔵氏、このことは笛吹童子氏の調査で明らかになっておりますが、菊池氏の稲荷神社・・・・はて?・・・どこだろうが正直なところ・・・・。

 土淵町飯豊のように地区内に数々のお堂や社がある地域に比べれば、駒木地区はあるようで、なかなか思い浮かばない、さらにお稲荷さんもあるようで実はそれほど目立つほど数があるわけでもなく、ましてや菊池宅のお稲荷さん、これも少し難しい・・・。

 若干、疑わしいお稲荷さんはあることはあるのですが、その中で気になるお稲荷さんがあって、まずは其処を訪ねて参りました。





 何故に此処なのか・・・山善氏は海上の人、まずは地元海上の菊池氏の依頼を受けたのではないのか?・・・単純な理由からでもありますが、駒木の中でも菊池姓が多いのが海上集落でもあるということもそのひとつの理由でもあります。




 雰囲気は十分なのですが、お堂に独特の彫刻が施されていない、また扉が開け放たれておりましたが、お稲荷さん2体と大きな棟札一枚、再興という文字が確認でき、近年に建てられたお堂であること、基礎部分もコンクリートということで、該当するお稲荷さんではない雰囲気、しかし再興の文字も気になるところ、別当さんが菊池姓、さらなる聞き込み調査は必要であると思っております。



 次に・・・
 T氏のお不動さん

 こちらも不明といったところがホントのところながら、若干、地域の古老から聞きますと、かつては小田沢に財を成した家であり、お不動さんがあったとするならば小田沢にあった可能性が大きい。
 
 お不動さんは、水に関連する内容もあり、沢沿いにあったものだろうと推測はつきますが、下駒木に家が移った際に、どうしたのか?・・・確定ではないが、その昔、福泉寺にお不動さんを預けたという話も聞いたことがあり、おそらく後者の方が事実なのかもしれない。


 ということで、本格的な調べはこれから・・・本日はちょっと散歩がてらの意味でもあって、妄想含みの内容、今後の調べて色々と事実が出てくるものだろうと期待してのことでもあります。

 実は、本日は福泉寺の秋の大祭に関わる檀家筆頭家の会合の予定でしたが、事務局長的な人がどうしても来れないという事情で急きょ会合は中止、この席で大方の内情が知りえる期待も大きかったが、またの機会となりそうです。



 愛宕堂


 こちらは小生が別当と一応なっておりますが、結構由来も古いと語られてもおりますが、今以上に何か判明ということにはならないと思っております。

 いずれ、落葉の季節から本格的に降雪となる時期までが勝負、地元からまずは・・・・これで行きたいと思っております。

 
 でも期待はしないでくださいね・・・笑


 ちなみに・・・・

 寺院関係では、駒木は曹洞宗常堅寺の檀家さんが圧倒的に多く、海上の真宗西教寺は矢崎や松崎に檀家が多い。
 真言宗福泉寺は駒木地区内に20軒足らずということになります。
コメント (2)
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