午後から災害活動にて殉職された方々を慰霊する追悼式が行われましたが、当直明けの本日、まずは一旦帰宅して午後に備えるべく若干自宅で休んでいますと、我家からみると東の空がスカイブルー・・・これは紅葉に少し早いとはいえ、それでもそれなりの画像が撮れるのではないのかと思い、福泉寺へ・・・・。
ということで、まずは10月19日午前中の福泉寺の紅葉等・・・・。
副住職を発見・・・笑
庫裡付近
本堂付近
好天に誘われ、参拝者も時折訪れている。
池
いずれ午前中勝負でしたが、まだ遠野各地の紅葉の進み具合も少し早いとの情報でもあり、また時間的な余裕もなく極近場にての撮影となりました。
結構良い色合いの青空でもありましたが、それでも少し薄いような・・・オリンパスブルーと紅葉・・・なんとかモノにしたいものです。
ということで、本題・・・汗
大日山日枝神社境内
昭和6年から昭和17年まで、5名の消防関係者が火災現場活動にて殉職されている。
消防追悼碑は5名の方をお祀りしているものですが、幸いなことに当市では以来消防関係者の殉職はない。
当時は葛屋(茅葺屋根)や柾葺がほとんどであり、一旦火災ともなれば、ほぼ全焼という場面が多く、しかも軒や屋根が走る・・・といわれるように一気に火炎に包まれた屋根が落ちるといったことが多く、殉職された方々の多くが下敷きという場面でもあったようです。
また飛び火といって数百メートル離れた場所の建物が火災になり、集落でも家々の間隔があるのに集落ひとつを呑み込むような大火があったと語られるのはこの飛び火が原因ということもある。
現代は当時に比べれば格段と消防力が進化し、装備も充実はしているが、災害は複雑多様化という時代でもあり、関係者もそれらに対応する技術と判断力、戦術を模索する昨今でもある。
こういった殉職といった悲劇はできるだけ避けなければならない・・・決して手抜き活動ということではない、勇猛果敢に立ち向かう中でも適切な判断力、冷静さを失ってはならない・・・・と日々思っているのですが・・・・いずれ火の用心が肝心ですね。
ということで、まずは10月19日午前中の福泉寺の紅葉等・・・・。
副住職を発見・・・笑
庫裡付近
本堂付近
好天に誘われ、参拝者も時折訪れている。
池
いずれ午前中勝負でしたが、まだ遠野各地の紅葉の進み具合も少し早いとの情報でもあり、また時間的な余裕もなく極近場にての撮影となりました。
結構良い色合いの青空でもありましたが、それでも少し薄いような・・・オリンパスブルーと紅葉・・・なんとかモノにしたいものです。
ということで、本題・・・汗
大日山日枝神社境内
昭和6年から昭和17年まで、5名の消防関係者が火災現場活動にて殉職されている。
消防追悼碑は5名の方をお祀りしているものですが、幸いなことに当市では以来消防関係者の殉職はない。
当時は葛屋(茅葺屋根)や柾葺がほとんどであり、一旦火災ともなれば、ほぼ全焼という場面が多く、しかも軒や屋根が走る・・・といわれるように一気に火炎に包まれた屋根が落ちるといったことが多く、殉職された方々の多くが下敷きという場面でもあったようです。
また飛び火といって数百メートル離れた場所の建物が火災になり、集落でも家々の間隔があるのに集落ひとつを呑み込むような大火があったと語られるのはこの飛び火が原因ということもある。
現代は当時に比べれば格段と消防力が進化し、装備も充実はしているが、災害は複雑多様化という時代でもあり、関係者もそれらに対応する技術と判断力、戦術を模索する昨今でもある。
こういった殉職といった悲劇はできるだけ避けなければならない・・・決して手抜き活動ということではない、勇猛果敢に立ち向かう中でも適切な判断力、冷静さを失ってはならない・・・・と日々思っているのですが・・・・いずれ火の用心が肝心ですね。