「じぇんごたれ」遠野徒然草

がんばろう岩手!

ジェストモたで(館)

2006-12-08 16:30:33 | 歴史・民俗
 遠野の城舘跡探訪が出来るシーズンもあと僅か、初冬の予定探訪数8箇所に対して6箇所程、そのうち2箇所はその全容の解明に至らず、しかも今季は標高はともかく比高の低い場所を多く予定しているも、歳と共に体力も落ちていくだろうに、比高の高い難易度の高そうな館跡は後回し、来春以降はさらに難儀しそうな予感でもあります。

 そんな中、上郷町の大寺館をまずは探訪してきました。

大寺館の全景

 比高30m、遠野では低い部類に入る山城跡でもあり、平倉観音堂の東側山野に位置しており、西側は刃金館(探訪済)。
 
 館主は本姓を菊池と称する切掛蔵人、上郷の館主に本姓を菊池姓と伝えられる武家は結構散見される。

 さて、平倉観音前に車を停めて、東側山野に突入、林道を進み途中の斜面から頂部を目指したが、斜面もゆるく楽勝かに見えましたが、平らな場所に至ると、辺り一面の笹薮、しかも背丈ほど・・・そんな中、2重の空掘を発見、しかし堀全体が笹竹だらけ・・・・。


 しかも主郭と思しき平場も南側斜面も全部笹薮、段状の形状も何も確認できない、さらに移動もままならず、笹薮を泳いでいるかのよう・・・身体がもたない、足はとられる、疲労が増す・・・これでは調査にもならずあえなく撤退となりました。

熊野神社


 舘山から下りると草地等があるさらに東側を探訪、熊野神社を発見。
 「昭和9年林崎手踊り社中」・・社中?連中・・?と書かれていた。
 それと辺り一帯は「ながね」と言うらしく、「ながね」と書かれた標柱を確認・・・同名の某歯科開業医がございますが、下のお宅はご実家らしい・・ながねは屋号か?。


 
 さらに午後は・・・・
 「遠野なんだりかんだり」にエントリーされていた上宮守戸草の八幡様、その関連で以前接触のあった上宮守のご出身で現在山梨県にお住まいの「遠野旅情」さんがコメントを入れておられますが、その中で、隣接の山は館と呼ばれ、堀切などの遺溝があるとのこと、これは早速調べてみようということで、急遽、探訪箇所に追加・・・・いざ上宮守へ・・・・

 空掘跡か




 何を勘違いしたか、笛吹童子さんのエントリーを良く見ていない為か、大上集落に入ると思いますが、旧道上に神社を発見、戸草のバス停手前の大型サイロのある辺りの山野に突入・・・ほど無くして峰を断ち切る堀を発見、「ここだっ」我ながら勘が冴えているなんて自画自賛、遠野郷内でもかなり大きな堀と思い込んで、その堀底を上部に向かって歩き始める・・・登りもきつかったが、堀の大きさもなかなか衰えない、急カーブがやたらと多い、かなり上部まで辿って行ったが、なかなか終わりがないっ・・・やがてこれは堀ではなく、道ではないかと脳裏を掠める・・・。

 その思いは的中、道が途切れている・・・空掘ではない・・・一気に疲れが襲う・・汗も掻いた・・・そういえば神社には井戸跡やら石垣みたいなものがあったな・・・と思い出す・・・涙

 車に戻って少し行くと、遠目に鳥居と石垣、さらに赤い屋根の神社が・・・・流石に神社までは行ったがその隣接の山野には分け入る体力といいますか脚力は残されていませんでした。



 舘跡とされる山野はA~Cのいずれの山野ですかね、ご存知の方、ご教授願います。(遠野旅情さん)

 一応、石倉館というようです。確かに社の回りは大石だらけ、ついでに勘違いして登った山野ももの凄い石だらけの山でした。

 いずれ、リベンジはいたします。

 ジェストモ、館だけは見ておきたいと思います。


おまけ・・・

 館めぐりで青笹、上郷方面に行ったらお昼は此処と最近は決めております。
 今回も質、量とも充実の「ミニ天丼ざる蕎麦セット」をいただきました。



 ジェストモあべ・・にて
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8 コメント

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戸草 (笛吹童子)
2006-12-08 23:20:51
 拙ブログへのコメントありがとうございます。また、戸草へ行かれたことを知り、びっくり。私は私で、宮守出身の市役所職員から、その辺りの事情に詳しい方を教えて頂き、日を改めて歩こうと思っていたところでした。
 それから、今日午前10時頃にとらねこさんの携帯にTELしたのは私です。番号の登録をお願いします。お互いの仕事の特殊事情により、なかなか同一歩調を取れませんが、今後ともよろしく。
返信する
戸草部落のについて (遠野旅情と甲斐の国)
2006-12-09 00:14:40
 該当するは写真中央のBに間違いありません。
社の所在地の屋号は「石倉」と云いますから「石倉館」そのとおりと思いますが、通称は「たて」と呼びあえて「石倉」とは呼んではいませんでした。
 社の西付近は大石がありますがの頂上は石はなく平坦でもあります。
 また私の記憶では「町」「中宿」の中程からCの西側の裾、山道を上りBの後ろ北側の「堀合」に出られると思います。
社の西の大石の下は沢水が有り上流の途中に「樋の口」がありますが案内人がなければ行くのは困難と思います。
 社の後ろを通りAとBとの沢からも上れますが杉の木が大きくなり行けるかどうか分かりません。途中から急斜面になります。昔はこの付近も畑でしたので道はありました。
 今の記憶はここまでです。思い出しましたら連絡いたします。失礼します。
返信する
こんにちは♪ (銀河)
2006-12-09 16:00:42
自ブログへのコメントありがとうございました♪
テンプレがものすごく可愛いですネ♪

「ジェストモあべ」さんのそば、ボリュームがあっておいしそうです♪今度食べにいかなきゃ・・・

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藪こぎ (yamaneko)
2006-12-10 00:16:17
笹ヤブ漕ぎ、お疲れ様です。
舘跡調査も体力勝負ですね。
山猫以上に山猫化しておりますですよ。
ジェストモあべの味が蘇えります。
明日はそばにしよう!
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戸草の館 (とらねこ)
2006-12-10 09:31:10
笛吹童子さん

なかなか興味ある内容のエントリー、しかも以前お世話になりました甲斐国在住で現地と縁ある遠野旅情さんのご出馬もあって、なかなか自分としても盛り上がっているところです。

是非に早期のうちに舘跡探訪を実施したいと考えているところですが、降雪時期でもあり今季は難しいかもしれません。
天候と睨めっこしながら進めて参りたいと思ってます。

携帯電話の件は承知いたしました。早速登録設定させていただきました。
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石倉館 (とらねこ)
2006-12-10 09:39:12
遠野旅情・甲斐の国さん
色々とお世話になっております。
遠野南部家関連は、只今停滞中ですが、遠野南部士族名簿を作成中でして、1月か2月に追加予定です。

さて石倉館・・・資料には石倉館とありましたが、本格的な調査は未実施かと思います。
地元で「館」と呼んでいる件は承知しておりますが、各地域の舘跡もほとんど「館」とか館が入った呼び名で呼ばれているようです。
便宜上、研究者が名付けたものが多いものと思いますが、地元での呼称は別名として使われているものが多いです。

石倉館については、館と私も別名に付記したいと考えております。

さて長くなりましたが、お知らせ感謝申し上げます。
早期に探訪をしたいと考えておりますが、天候状態をみながらとなりますので来春以降となるかもしれません。
いずれ、人知れず静かに眠っている館跡、忘れ去られるには勿体無い、そんな思いでもあり、少しは未来にその姿の一部だけでも残したい、そう考えております。
今後も色々とアドバイス等をよろしくお願いします。

お越し感謝申し上げます。ありがとうございました。
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じぇすも (とらねこ)
2006-12-10 09:41:27
銀河さん
「じぇすとも」(是非に)に飯豊そばをご賞味ください。
皆さんがお薦めのとおり、かなり美味しいですよ。
コーヒーも無料サービス、いいお店です。
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笹薮 (とらねこ)
2006-12-10 09:44:41
yamanekoさん
笹薮は厄介ですね・・・でも城舘跡には笹竹はつきもの、矢竹として現地調達といった意味合いだと思います。
でも見所一帯が笹薮という場面は極めて少なかったのですが、今回は難儀いたしました。
元気なうちは山猫になりたいと思います。

そう蕎麦でも食べて・・・・。
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