すると、何時も彼には屈託の無い笑顔を向ける従姉だったが、この時の彼女はにこりともせずにそこにいた。
自分の母が去った方向を向いた儘で彼を迎えた彼女は、この時その儘の姿勢でマジマジと彼の目を見返して来た。彼女は無言で彼の顔を食い入る様に眺めて来る。彼はこの普段とは様子の違う彼女にドキリとしたが、内面の自分の動揺を抑え何食わぬ顔で、やはりそこにいた。
彼には直ぐに思いつく言葉が浮かんで来なかった。2人は無言の儘見詰め合っていた。しかしそれは、彼には段々と気詰まりな雰囲気になって来るのだった。
彼は彼女から視線を外し俯いた。それより…、彼は思った。彼には目の前の従姉の他に、この家内で気に係る事が1つ有ったのだ。彼は座敷の様子が酷く気に係るのだ。兄弟の首尾、その処遇、あれの身の振り方は如何なったのだろうか。
『叔父との話はどの辺りまで進んでいるのだろうか?。』
その様に案じる彼は、ついつい視線をチラチラと泳がせると、この家の座敷に注意を向けてしまうのだ。
すると従姉は不意に、普段通りの笑顔を湛え彼に向けてにこりとした。「いえ、お先にどうぞ」。彼女もやはり愛想良く、彼同様に再び彼に先を譲ってくれたのだが、彼の気持ちがこの様に無性に座敷に募っていても、ここでも未だ彼は、自分が皆の先頭になるという事に何故か気の進まない物を感じてしまうのだった。
「あなた、この家の人に会ったら何て言う。」
唐突に従姉が話しかけて来た。何て言うか知っているのかと、彼女は自分の従弟に尋ねた。彼が自分の従姉の言葉に合点の行かぬ表情でいると、彼女はふふんという顔付きになった。私はもう知っているけど、あなたは知っているかしらと、この様に取り込み事の有った家の家人に対して言う、悔やみ言を知っているのかと念を押した。
それに対して、幸か不幸か、最近母の実家で不幸のあった彼は、この悔やみ言葉を母の親戚達の応対で聞き知っていた。お悔やみ申し上げますだろうと彼が言うと、まぁと従姉は驚いた。「あなたの歳でね」と、彼女は眉間に皺を寄せた。そんな彼女は頗る機嫌を損ねた景色だ。彼はふふっと得意顔になった。それでも、最近母方の祖父が亡くなったからだよと、彼女に弁解の様に解説してみせた。
それでかと、従姉は納得して機嫌が直った素振りだったが、じゃあ私が先に行こうと言って彼が身を乗り出すと、「言葉は分かったけど…」と、彼女はどんな顔をしてこの家の人、親戚に顔を合わせるのだと、彼に再度問いかけて来た。『どんな顔?』彼は怪訝に思った。
成る程、彼は合点した。それでなのだと彼は思った。それで彼女は先に進みたく無いのだ。彼にしてみても、悲しみに打ち拉がれた親戚の顔と、今なら祖母や叔父なのだが、と、自分の何事も無かった様な顔を合わせたくは無いものだ。どんな顔をして会えばよいのだろうか?。彼は従姉の問いに言葉に詰まった。到頭どんな顔なのかと、彼は従姉に答えを求めた。