Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 143

2021-04-09 15:55:01 | 日記
 冗談だったんだって。人騒がせな。ほらほらそんなだから…、他所の家に関わり合いになるなよ。あんな冗談あるの?、ねぇ、お母さん。お父さん。へーぇ、えぇえ〜。しぃ。…そんな事を。…と、思い掛けず、幾重にも、人の声があちらこちらから上がった。それは裏の家や横手の家の内は勿論、通路の外の往来からも聞こえて来た。彼はひょっ!と注意を引かれた。

 『この庭の外界に迄⁉︎、』

と彼の意識が、自分の目前に映る庭と通路に面した場所以外の外の世間という物に届くと、彼は少なからず驚いた。特に往来の極近い場所から自分の耳に届いて来た、へえーっという、はっきりとした呆れた声。誰だろう?と彼は思った。瞬時考えてみたが、周囲に顔の知れた彼でも、俄にはその声の主達は分からなかった。

 それより、彼は思った。『話が外に漏れて仕舞った。』。彼は親戚の話が、この庭周囲だけに止まらないで、通路はおろか往来に迄も逸脱した事を悟った。自身の身内の話、棚から牡丹餅風の幸福の話が、これで世間に広く流出して行くだろうと感じると、彼自身恥ずかしさを感じた。それは自身も後ろめたく感じる事が、彼自身無い訳では無かったからだ。彼は思わず決まりが悪くなり赤面して俯くと内心恐々とした。そんな胸に一物を秘めた彼の後ろ暗い行動は、自分の側にいた伯母や従姉妹達にすっかり見て取られて仕舞っていた。しかし動揺した彼は、その事にさえ全く気付け無い儘でいた。

 と、透かさず

「本当に、この辺、私生活も秘密もありゃしない。壁に耳ありなんだからね。」

と彼の伯母が言った。ねぇと、伯母の長女も相槌を打った。この親戚の相槌が如何にもであり、周囲に対してさも聞こえよがしであった出来事にも、彼は度肝を抜かれたと言ってよかった。

 『この庭の周囲に、こんなにも多くの人が関わり合っていたなんて…。』

親戚親娘の度胸の良さにも驚いたが、世間という物にも感じ入った。これは彼には新鮮な情報であり、斬新な発見であった。それは、彼にとって、今迄のこの庭に彼が立った時の、その時その場が彼独自の固有の場であり、世間から隔絶され孤立した1個の閉鎖した空間だという彼の意識を、根底からすっかりと覆したからに相違なかった。社会に出ると人は常に1人孤立した状態では無いのだ。必ず周囲に人はいるのだ。彼は肝に銘じた。

 「だったら大声で話をするな。」

「聞こえる様に言うなよ。迷惑だろ。」

と、やや大声で、裏庭に面した両家から、怒鳴る様な文句の様な男性の声が上がった。これ等は彼女達親娘に返事をする様に上がったかにみえた。こうなると、流石に気丈夫な親娘も寄り添って不安気に手など取り合った。彼女達の身内である彼も、思わず身構えてみる。が、子供の自分である、到底大人の男性には敵わないと思うと、彼は内心冷や汗物でその場に立ち竦んでいた。

 が、一呼吸の後、

「特に誰にも喋らないさ。」

「こっちだって、そんな暇人じゃ無い。」

と、如何にも庭に佇む母子を安心させる様な声がして来た。

「だがなぁ、こっちは客商売だ、聞かれたら話すよ。ごめんなさい。」

「こっちは特に無いけどね。え?。」…そう。「内のは、…ご近所で上さん達の付き合いがあるって言うから。そっちは仕様が無いよね。」

すると、伯母と彼女の長女は互いに手を離すと云と目配せした。あれだわと心得顔で娘が助言すると、母は渋い顔で無言で頷いた。この辺そうだから。再び訳知り顔で子がそう言ってさあと母を促すと、母は渋い顔で1人佇んだ。

 いいじゃないか、皆そうだと言う娘に、母は揺揺として懐から紙入れを取り出した。彼女は臍を噛む様な感じで何事か危惧している様に見えた。躊躇する様な手元で、これでねと言うと、彼女はあくまで気の乗らぬ素振りで彼女の娘にそれを手渡しした。彼女が大丈夫かと案じ、子に尋ねると、子はもう慣れたものよとサバサバと返事をした。それから彼女は空いた方の手で拳を作ると、母に自分の胸を叩いてみせた。「大丈夫よ。」、彼女は母に太鼓判を押した。

 そうすると、離れた場所にいてこの一部始終を窺い、じいっとばかりに押し黙っていた彼女の妹も、自分達の母の手元にすっと戻って来た。母は一言、ここで慣れたと言う事が問題なのよと次女に零した。まるで付け足す様に、「慣れないで欲しい。」彼女は一言姉に忠告した。そうしてちらりと、甥である彼に視線を投げて寄越した。「これであなたも安心出来るでしょう。」。

 伯母は甥に、さぁ、これでよいから、と吹っ切れた様に言うと、甥の傍をすり抜け、自ら進んで彼女の夫の実家の裏口へと入って行った。彼女はその入り口に有る高い敷居を一足飛びに駆け上がると、さっさと奥の台所へと廊下を進んで行った。彼女の後には透かさず彼女の次女が続き、その後に姉が続いた。

 が、一旦屋内に入りかけた姉の方は、如何いうものか回れ右をすると彼女達の従兄弟、彼の前に再び戻って来た。そうして、彼に先に家に入っていてくれと言うと、彼を促した。彼女は彼に自分は用があるのだと言う。そんな彼女を危惧する彼に、自分は年上だから大丈夫だと、彼女に言われてみると、彼は何とは無く了解できた。そこで彼は従姉を1人裏庭に残すと、彼女に促される儘に祖父母の家の裏の木戸を潜った。

うの華3 142

2021-04-09 13:26:28 | 日記
 ふと、気付いた様に伯母は口にした。「何方?」、「誰やの?。」彼女の静かな口調に彼女の子供達はシンとした。女性達の間には水を打ったような静けさが漂い始めた。最初この変化に気付かずに伯母の近くにいた甥にも、やがて彼女達の間に張られた緊迫した空気が感じられて来た。「何、何です。」彼は口にした。

 そんな彼の言葉を、まるで無視したかの様子、その時の母とその子等の様子はそんなだった。彼女達はピクリとも動かずにいて、誰も彼に答えようともして来なかった。

「何方とは?。何ですか?。」

再び彼は彼の伯母の方へと声を掛けてみる。が、やはり反応は無い。彼はこの場が、この裏庭の雰囲気が、自身が拒絶された様な妙な静けさになっていると感じるのだった。すると彼にとって、その居心地の悪い静寂が段々と不快に感じられ始めた。

「どうしたんですか?、皆んな。」

何ちゃんと、彼は伯母の次に彼から近い場所にいる彼の従姉妹、姉に当たる方の従姉妹の名を呼んでみた。しかし彼女からも返事は無い。不安に駆られた彼は、おずおずと、次に自分から一番遠い人物、この家の裏方向に建っていた家のその家壁近くに佇んでいる、自分とは歳の近い方の従姉妹の名前を呼んでみる。そうしておいて、やっと自分の方に視線を送ってくれた彼女に、伯母さんと、姉さんはどうしたのだと尋ねてみた。「一寸、ね、」と、彼女は答えた。

「し!、静かに。」

叱るような伯母の言葉に、「あ…。」彼は今し方の従姉妹の反応に、彼女に質問しようとして開きかけた口を閉じた。

 不承不承の体で彼が待つ事暫し、何やら後の家からポソポソと人声がする気配がした。すると、伯母は庭の中央に歩み来て、確りとその場に立った。するとまた、今度はこの家の裏口近く、横の塀の向こう、隣の家の中から、「お隣のお子さんかしらね?、亡くなった子供って。」、「確か隣の子、ともちゃんじゃなかった?、名前。」と言う女性の声がはっきりと彼の耳にも聞こえて来た。「いるんやわ。」、こう言った姉娘の声に、彼女の母は無言で頷いた。

 「何方?、幸福やなんて言ったの。さっき言ったわね、確かに何方か。」

「ぼんやりしてたものだから、聞き逃す所だったわ。」

駄目よ、冗談でも親戚の事だから。こんな時におふざけはだめよ。不幸時には特にね。母である彼女は娘達を窘めた。そうして彼女はお前の方だねと言うと、徐に彼女の甥に背を向けて、彼女の次女へと近付いて行った。

 一方、彼女の甥の方は、ここでばちん!とばかりに平手の音が飛んで来るのだと予想していたが、伯母の背で影になった従姉妹のいる場所からは、彼がその場を注視して待っていても、何の物音も聞こえて来なかった。それでも何やら従姉妹のいつつ…と言う声や、何でこんな事、と言う小さな声がしていた。漸く伯母が振り返って、その場から戻る為に退くと、従姉妹の頬を赤く染めた顔が見えた。彼女の目も潤んでいるようだ。やはり従姉妹は叱られたのだ、彼は思った。

 ここは長屋の大きくなった様な所だからねぇと、彼女等の母は甥に近寄ると説明した。

「気安く冗談も言えない場所なのよ。」

これで明日には近隣の、噂話の渦中の人物になっているという次第でね。一寸した誤解を解くのも一苦労、と言う有様になるのよ。そう言うと、伯母は暗い顔をして、甥に向かうと軽々しく冗談も言えないのだと零した。


うの華3 141

2021-04-09 11:26:49 | 日記
 先刻の事だ。この家の三男、三郎の長男である彼がこの家の裏手に到達した時、この家の裏の木戸は開け放たれ、側には誰の姿も見受けられず不用心この上ない有様だった。

 彼はここで、彼の父方の、祖父母の家に入ろうかどうしようかと一時躊躇した。とんとん…と、裏庭の湿った土の上で足踏み等している。すると祖父母の家の裏庭に向けて、往来から入って来る脇道の小さな通路があったのだが、その細道の先から、彼にとって聞き覚えのある婦女子の声が聞こえて来た。声は数人分あり、段々とこちらに近付いて来る気配だった。あの声は、一郎伯父とその子供達の様だ。彼は思った。

 もう、なんでこの家に、あの変な叔父さんいるんじゃないの?。いやぁねぇ。でも一寸、叔父さんは一応親戚なんだから、そんな事世間に聞こえる様な大きな声で言わないのよ。それより母さん、何処へ行くのかと思えば、今更ここに来るなんて、如何かしてるわよ。父さんに叱られるんじゃ無いの。まぁ、仕様が無いじゃないの、一応親戚だからねぇ…。

「実はね、この家のお子さんがお亡くなりになったって言うものだから、本当にこの場合は仕様が無いのよ。」

えー、誰?。えっ、あの、智ちゃんっていう子供が⁉︎。幸福‼︎、幸福や、棚から何とか、やね。でも、その話誰に聞いたの?。等々、思い思いの言葉を口にして、彼女達は喧しく小道をやって来る。

 『幸福か…。』

段々と大きくはっきりとして、彼の耳に聞こえて来るこれ等の声に、彼はやはり自分の父の長兄、一郎伯父の家の伯母と、その子の従姉妹達だと確認した。彼は彼の従姉妹の発したこの言葉に一寸嫌な気がした。が、自分にしても同じ事を考えていたなと思う。彼はこの機会に自分の兄弟を焚き付けて、彼女達の話に出て来た亡くなったこの家の子供、詰まりは自分達の従兄弟である子供の、その代わりにどうかと、その父親であるこの家に住む叔父に、自分の兄弟を養子縁組させようとしていたのだから。今彼がここにいるのも、その兄弟の縁組の首尾は如何にと、彼が見極めに来たからに相違なかったのだから。それで直ぐに彼は、『何処も同じ、同じ穴のムジナだな。』と、嘆息した。

 あら。やぁ。彼は通路から1番目に顔を出した彼の従姉妹の歳下の女の子に挨拶した。まぁ来てたのと、続いて通路を遮る隣の家の塀から顔を出した彼の伯母も、何事もなかった様に彼と筒が無く挨拶した。何方も円満でにこやかな態度、笑顔だった。

 伯母と甥、彼等の挨拶が済むと、伯母は彼の母は何処かと尋ねた。「未だ家です。智ちゃんのお母さんの相手をしています。」「祖父曰く、叔母様は未だ娘さんで、母に成れない人だそうですからね。」。まぁ、お祖父様が?。伯母の言葉に彼は続けた、「今そこで話しました。」。その時に、家で叔母さんが泣いている旨を私がお話したら、お祖父様は渋い顔でおられ、困ったものだと仰いました。姉さんはそんな所で油を売っているのだなと仰って、その後そう私に言われたのです。彼はこう父方の伯母に説明した。

 まぁ、あなたの家に、伯母はちらっと彼女の不服を顔に表した。「あの人も本当に物慣れない人ねぇ、あなたの家にね。」「内じゃ無くね。」と繰り返した。「内の方が近いからでしょう。」甥は透かさず伯母に取りなした。伯母様の方で事に当たっていただいた方が、こちらも便宜上宜しかったのですが、あの歳下の叔母さ様の事ですから…。と、言うと、伯母もまぁねぇ、あの人の事ですから、順もよくは分からないのでしょうね。と、呟いた。それから両者まぁまぁと、再びにこやかに彼と彼の伯母は会釈し合った。