それは、紅茶付きなの?。娘の質問に、多分そうでしょうねと母は答えた。学校祭のバザーを過ぎると何処もそうね。娘達の言葉に、本当にそうねと母も相槌を打った。店主がモダンだねぇ、この辺りは、皆さんハイカラなんですな。と店内の親娘に声を掛ければ、学校祭のバザーで皆覚えて来るのよと、事も無げに彼女達の中から長女が応じた。
「あちらは未だ就学前なのに、どちらから習って来られたのかしらね。」
母は誰に言うとなくそんな疑問を店内のテーブルに投げ掛けてみる。ここ等は子供のいる家が多いからね、店主が彼女に答えた。「その辺りからでやしょう。」。そうねと彼女は店主に微笑しながら応じた。
そうして置いて、彼女は彼女の長女に、「今からお湯を沸かして、パンの用意が出来上がるのを待つんですって。今そこだから、40分頃でもいいわね、ここを出るのは。」と安心させる様に言った。母の言葉に、彼女は安心して胸を撫で下ろした。
母と姉娘は、盛んにおにぎりをぱくつく末の子の相手をしながら、共に、ここを出て行ってからのその後の細かな算段を始めた。
「お前も頂きなさいな、持ちませんよ。」
母は、緊張感からかおにぎりに手を出さない儘の姉娘に、確り昼食を摂るよう勧めた。
彼女達が食堂で出されたおにぎりを食べ終え、もう後10分程でここを出ようかと、頃合いを測りながらテレビを見ていると、姉にせっつかれた妹が横丁を眺めに出た。
「あれっお祖父ちゃん。」
妹娘の驚いた声にその母が耳を澄ませば、
「おや、お前、1人かい。」
大人の人と一緒なんだろうねと、不審そうな舅の声が聞こえて来た。『あの声はお義父さんだわ。』、彼女は確信した。確かに彼女の夫一郎の父の声である。お義父さんが食堂へ来られたのだ。昼時だものねと彼女は思った。が、不幸が有ったばかりの彼がここにやって来た事を意外にも思った。
すると、彼女が思う間も無く、店の入り口の暖簾を彼の手で除けて舅の顔が現れた。
「お前達来てたのかい。」
と、彼は長男の嫁や、その孫の長女の顔を認め、彼女達に自身の親しみの笑顔を向け優しい声で語りかけた。
あら、お義父さん、この度はまぁとんだ事になって、と、驚いた素振りで立ち上がった嫁の彼女は、店にやって来た舅にお悔やみの言葉を始めた。すると、いやいやと、彼は自分の手を横に振って彼女の言葉を遮った。
「未だだよ、あれは大丈夫の様だよ。お悔やみには未だ早いよ。」
彼は長男の嫁に細々と言った。
え、それは一体如何言う事でしょうか?。と、怪訝そうに彼女が舅に問い掛けると、彼は、
「あれはあれで案外としぶとい子の様だ。この世に縁がある様でね。」
大丈夫、大丈夫と嫁に繰り返した。彼は明るい笑顔になるとにこにことして普通の口調に戻った。否、普段より明朗な声音になった。嫁は舅の快活な言葉を受け、彼の言葉に余計な言葉を挟まず、それは良かったです事とのみ言うと、彼女もホッと安堵の笑みを浮かべて舅を見返した。
幼い子が不幸にあうなんて、そんな理不尽な事が無くて四郎さんも幸福、良かったですね。お義父さんも安心されたでしょう。きっとご心痛な事だったでしょうに、お義父さんもご苦労されて、さぞや気疲れされた事でしょう。等々、彼女は舅に店内の椅子を勧め、その苦労を労った。