へー、こんな親戚の取り込んだ時に。まぁ、呆れた。と、母娘は共に声に出して驚いた。
「まぁ、如何いうお坊ちゃんなんでしょう。」
「幼気な子に、何て無慈悲な事を!。」
と、彼女達は、この目に前にいる幼い子に痛く同情した。そうしてその兄の横暴さに呆れ憤慨した。そこで彼女達、この子供にとっての伯母親娘は2人如何しましょうかと、暫しボソボソ相談していたが、遂に母である彼女が一計を案じた。
彼女は傍でちんまりと控えていた彼女の末娘を自分達の側に呼び寄せると、2人の娘達にあれこれと指図をした。そうして置いて彼女は、目の前にいた幼子には、
「まぁまぁ、あなたも心労だったわねぇ。ああよしよし、全てこの伯母さん達に任せて置きなさいよ。」
そう言うと、あなたは何案じる事無く、あなたの兄に言われた通り、この家に入って、あなたの叔父さんに、あなたのお兄さんに教えられた通りの言葉を言いなさい。そう言って彼女は優しく子の背を撫でると目の前の家へと送り出した。
子供は伯母に言われる儘に家に入ろうとしたが、ふいと彼女等を振り返った。
「あの、伯母さん、仏様にお願いしていいかしら?。」
と尋ねた。はて?、と合点のいかぬ顔をした伯母に、智ちゃん仏様だよと子は言った。
すると、ははぁんと伯母は合点した。この子の母の実の父、子にとっての祖父がつい先だって亡くなった。その葬儀に彼女は彼女の夫一郎と共に列席したばかりだった。彼女はその時の式を執り行った僧の言葉を思い出した。故人は既に仏様に…、「そうそう、お成りだったわねぇ。」彼女は呟いた。その時、この子の父、三郎夫妻と共に、彼等の長男であるこの子の兄も確かに列席していた。彼女はその式場の風景を瞼に思い浮かべた。彼は両親の横で、子供用の礼服と黒い靴をきちんと着用させられて立っていた。そこで彼女は子に「兄さんに聞いたんだね。」と言った。
『…してみると、確かに、この家の亡くなったばかりの子供、智ちゃんは、成りたてのほやほやの仏様になるんだわねぇ。』である。そこで彼女はふふっと微笑んだ。お母さん不謹慎よと言う彼女の姉娘の言葉を横に聞きながらも、彼女は笑みが漏れて仕様が無かった。彼女は無理矢理笑顔を引っ込めようと努力していたが、儘ならず、遂に「この子が無邪気なものだから、つい。ごめんね。」と姉娘に申し訳無さそうに言うと、彼女はしみじみと目頭を押さえた。
「そうだね、成り立てのほやほやの仏様、智ちゃんだね。に、あなたは何をお願いしたいの?。」
一呼吸の後に、彼女はこう子供に尋ねてみた。無論、彼女の長女がここで何の事かと不思議そうに彼女に尋ねて来た。そこで彼女は彼女の夫方に繋がる親戚で拝聴した、その時の僧の言葉を説明した。まぁ、そんな事をと娘は驚いたが、そいういう宗派なのだと母は言う。すると娘達は目配せをして共に興味深そうに微笑んだ。
「仏教のお釈迦様は1人なのに、その仏教の教えの宗派が幾つもあるのは不思議ね。何故なの?」
如何もその辺りがよく分からないのだと、彼女の長女が問えば、次女もそうそうと姉に相槌を打ち彼女等の母を見詰めた。
姉妹の母はにこりとして目を細めた。「まぁその辺りの事は追々とね、色々複雑だから。」と、人生色々、宗教も色々、その内その内と彼女は言うと、上手くお茶を濁してみた。然しそこで不承不承になった彼女の娘達だった。「お母さん何時も同じ事ばかり。」と、不満気に母に文句を言い出した妹娘に、俄然彼女の顔は曇った。
しかしそれを見た姉娘の方は思い直した様子で寂し気に微笑んだ。彼女は周囲に目を配ると、そうだとばかり側にいた子に母と同じ質問を投げ掛けた。
「君は何をお願いしたいのかな?」
自分の父の親戚の子に対して、歳上の従姉である彼女はその目を優しく覗き込むと、如何にも親し気に微笑み問い掛けた。
「お父さんとお母さんが仲良くなります様に。だよ。」
子供のこのあどけない答えに、母とその長女、この2人の子の親戚はまぁと微笑んだ。可愛い子やね。無邪気だ事。しみじみとした母娘はそれぞれに、2人共に心中感慨深い思いが湧いてくるのだった。それに対して、1人無表情なのが彼等3人から少し離れた場所に立っていた末娘だった。彼女は皆の会話を知ってか知らずか、ぽかんとして目の前のガラス戸等眺めていた。