そうだ!そうだ!。昼寝だ、昼寝だ。私は勢い込んだ。私の様な幼い子には昼寝が大事なんだ。今この疲労した時に思い出して良かったと私は思った。かつては午後になると、自分はよく寝かしつけられたものだったのだ。私はこの日課を思い出すとにこやかに感嘆した。
魅力溢れる外遊びに夢中になったこの何日間か、私は昼食後一寸の間一休みすると、昼寝という日課をすっかりお留守にして外へと飛び出して行った。そして午前中に続き、弾んだ勢いで屋外の活動の場をどんどんと広げて行った。私に取っての屋外の遊びは、その様に新鮮で興味溢れる物だったのだ。
また、屋外は私に取って家族以外の人々との社交の場でもあった。特に話し相手になってくれる、あれこれと物事を教えてくれるご近所の奥さん達は、自分の家族とは違い、まるで自分にとっての大人の友達という感覚だった。要するに私に取っての気安い間柄だったのだ。
彼女達や彼女のご主人からも、私は家の大人からは学べなかった事柄や話を聞き知識を得た。また、あれこれと世間流通の言葉を覚えたものだった。父の教え通りに、その頃の私は正直で裏表のない性格だった。そんな私に彼等もまた気安かったのかもしれない。それに、子供の相手をすれば、その家の大人への商いも遣り易かったのだろう。現に、瀬戸物やその他商いの品々を、私はしばしば家の大人と共にこれらのお店に買いに行ったものだ。ご近所さんは商売のお客さんでもあった。
「何時も家の子がお世話になって。」
この言葉で始まり、祖母にしろ父にしろ、これらの店主や奥様連にこう挨拶してから後に全ての買い物が始まったのだ。
私が家の中心に向かい始めた頃、妙に祖父母のいる座敷辺りがざわつきだした。意味不明だが大人達のざわめく声が聞こえた。私は別段気に留めるでもなく台所から廊下に足を踏み入れた。早く2階に上って休みたかったのだ。廊下を進んですぐの縁側の入り口で、急いでそこを通り過ぎようとした私に、
「あら、智ちゃん。」
母から愛想のよい声が掛けられた。
何の用だろうか?。私に用は無い筈の母だ。私は眠さでぼうっとして来た頭で視線だけを母の方に向けた。
「やぁ、智ちゃんいい子だね。」
母は私のご機嫌を取る様に言うと、手を打ち合わせてこちらに両の手を開き、如何にも抱っこしてあげるからこっちおいでという様なそぶりを見せた。えーっと、何なんだろうかと、普段なら怪しんでこんな母を拒絶する私なのだが、眠いせいでその場にうっかり立ち止まってしまった。
霞がかった頭で、視界がぼやけて来る。私は目を擦り瞬いてよくよく彼女の方を見てみた。母はにこやかに作り笑いを浮かべている。
「お母さん、何を態と笑っているの?。」
眠いせいで私は歯に衣を着せられずにいた。まぁいいか、と私は思った。これで益々私は母に嫌われて、すぐさまあっちに行けと言われるだろう。これで早々に寝床に潜り込めるだろう。私はしめたものだと内心にんまり算段した。
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