彼にしても妻と同様、孫のこの理解の早さを奇妙に感じてました。何しろ今迄、彼は他の孫とこの孫にそう大した理解力等の差を感じた事が無かったのですから、尚更でした。『この孫だけどうして他と違うのかしら?』首を捻った彼は、その謎を究明しようと思案して、やや後、にこやかに自分を見上げる蛍さんに話し掛けました。
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは仲がいいのかね?」
如何にも不思議そうな声音で聞いてみます。彼はどちらかと言うとそうじゃないのにというニュアンスを込めて聞いてみました。祖父のこの言い様に、蛍さんはあれぇと思いました。彼女の考えでは仲良しの筈の2人です。その本人達の1人が、如何にも不思議そうに、どちらかと言うと自分の見解に否定的な物言いで聞いてくるのですから、『私は間違っているのかしら?』と自ら自分に問い直してみます。そこで彼女は考えました。過去を振り返って、祖父母の言動を思い出してみます。
蛍さんの物心つく頃から今までの遊び相手と言えば父でした。父の手の空かない時は、彼女は何時も居心地の良い祖母の傍に陣取っていました。祖母の側には、仕事で外出していない時以外は常に祖父がいました。祖父は常に祖母を気にかけてあれこれするか言うかしていたのでした。蛍さんはそんな2人を、眼前に直接見聞きする時もあれば、背中越しに声だけを小耳に挟んでいる時もあるのでした。
思いだしたある日の1例では、お父さん、喉が渇きましたね、何か飲みましょうか?どれ、私が淹れて来よう。たまには私が淹れますよ、何がいいですか?そうだね、お前さんが淹れるなら何でもいいよ、お前さんのお茶は何でもおいしいからね。まぁ、お父さん、お父さんの方こそ。…といった具合です。
またある時には、お前さん何だか変だよ。ああ、何でもないんです、ちょっと足を捻っただけですよ。それは大変だ、布団を敷いてあげよう。いえ、そんな事、少し休めば治りますから。嫌、いかん、医者に行ったらどうだね。まぁ、お父さんたら、大袈裟に。そんなことは無い、必要なら私が負ぶって上げよう。あら…。ほら背中に乗って…。という具合でした。その後祖父は本当に祖母を背負って家からいなくなってしまったのでした。後から医者へ行って来たと、大した事が無くて良かったと、祖父は微笑む祖母と2人、安心の笑みを浮かべて帰宅して来たのでした。
『お父さんだったら、…もしお母さんが怪我をしても負ぶったりしないな。』
その時、蛍さんは常日頃の自分の両親のやり取りを考えると思いました。そして祖父の妻への優しい態度や、そんな祖父を夫に持つ祖母の妻としての幸福がしみじみと思い遣られ、あんな夫婦ならよいなぁと感じられるのでした。それで蛍さんは、何時も祖父母を見る時には自然と幸福な笑みが漏れてしまうのでした。
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