土筆(112)
実はそうなんだと、彼は姪に話を始めました。 お前、今日、家の子を遊び場に1人で置いて帰って来たんだって?叔父さん、今朝、前以てあの子の事はお前に頼んでおいただろう。「これから......
梅雨とはいっても、晴れると日差しがきついですね。鉢への水遣りですっかり小麦色に焼けてしまいました。
土筆(112)
実はそうなんだと、彼は姪に話を始めました。 お前、今日、家の子を遊び場に1人で置いて帰って来たんだって?叔父さん、今朝、前以てあの子の事はお前に頼んでおいただろう。「これから......
梅雨とはいっても、晴れると日差しがきついですね。鉢への水遣りですっかり小麦色に焼けてしまいました。
泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのかもしれない、男の人は私を見てにっこりと笑った。
「いやぁ、考え事をしていてね。」
そんな事を言った。彼はその後も2、3何やら話を続けていたが、私が呆れはてて、あまりにもぽかんと口を開けたまま彼を見詰め続けていたせいだろう、まるで自分をとんだ馬鹿か何かの様に私が思っているのだと悟ったらしい。目がきっとしたと思ったら、
「私は馬鹿じゃないからね。」
と、彼は徐に断定的な口調で言い切った。そして
「1つの物事に集中すると他の事が御留守になるタイプなんだ。私は。」
と自分自身の説明を付け足した。
そんな事を言われても、分かる筈の無い私は一瞬ポカンとして彼を見詰めたが、理解不能の言葉に眉根に皺を寄せて口を開け続けていた。そんな困り顔をした私の顔を見て、おじさんの方はしてやったりという風な明るい顔付きになりニヤリとした。と、突然、
「幾つかね?。」
と訊く。私が3歳だと答えると、ほう、これは、何処の子だね?、とおじさんの質問は続いた。
男の人は私の住所や名前など聞くと、よし、これで分かったという様にほうっと息を吐き、
「おじさんは、これから用があるからね。」
じゃっ、と言うと、立ち上がってさっと扉を閉めて本堂の内に入ってしまった。私があっと言う隙も無かった。中からは直ぐにがちゃっと閂か何かの閉まるような音がした。その後は本堂内部からは何の物音も聞こえて来なくなり、寺の境内は静寂を取り戻した。
私は扉の前で目をぱちくりして佇んでいた。その後もすぐ眼前で私の目に映る幾何学模様の木製の重厚な扉を見つめ続けていたが、ふと我に返ると、腕を上げて手で試しに扉を開こうとしてみた。だが、やはり内部から鍵が掛けられているらしく、私の幼い力ではピクリとも動かなかった。
この様に頑として全く動じない扉に私は恐れ入った。寺には厳重な防犯対策、泥棒除けがしてあるのだなとしみじみと感じ入った。私がこう思ったのも道理、この頃の私は本堂の金仏様は勿論、付属として設えられた仏具の全ての金色色が貴重で価値のある純金の成せる業だと思い込んでいた。また、この世の中で一番価値のある物は純金だという考えが、この頃の私には存在していたのだ。
土筆(111)
「義姉さん何時もあんななのかい?」彼は姪に言葉を掛けました。まあねと事も無げに明るく笑う姪の顔を見ていると、彼は自分の娘の事で彼女に少し文句を言いたかったのですが、その気が削......
梅雨の晴れ間のお天気、洗濯日和です。
それでも、私は自分が泣いている時に掛けれらた言葉、家族や近所の大人の人達の声掛けの言葉を思い出すと、試しにその言葉を泣いているおじさんに掛けてみるのだった。
「おじさん、何で泣いているの?。」
私の場合、転んで怪我をするという理由が泣く場合には多い理由だったが、この人の場合はそんな事は無いだろうと思った。
「何か悲しい事があったの?。」
そんな風に聞いてみる。
するとおじさんは、「かなしい?…」と、心ここにあらず、何やら私の言葉が分からないという様に判然としない物言いをした。そして私の言葉を鸚鵡返しに繰り返したのだ。…かなしいなぁ、はてさて、そんな言葉があったかね?、等と、ぼそぼそ独り言の様に小さく言っていた。その内、ハッとした感じで「悲しい。」とやや大きな声で口にすると、私を見詰める目の焦点が定まった感じになった。
「あんたは今、悲しいと言ったのかね?」
と彼は私に言うと、「私が悲しい、」そんな言葉を呟いた。彼はやや沈黙してじーっと私を見ていたが、渋い顔をすると
「私は全然悲しくなんかないがね。」
と不機嫌そうに言った。
この返事に私は面食らってしまった。『じゃあこのおじさんは何故泣いていたのだろう?悲しいから泣いているんじゃないのかな?。』私は心の内で疑問を繰り返した。が、自分であれこれ推量して答えを出すよりも、目の前にいる問題の本人に聞いた方が確かだと考えた。それで直接おじさんに聞いてみることにした。
「おじさん泣いていたでしょう?」
「泣いて?」
「涙が出てるじゃない。」
そう私が言うと、はてさて面妖な、不思議な事を言う子だと、目の前のおじさんは相変わらず渋い顔をしていたが、物は試しにと自分の頬に手をやった。そして自分の頬が濡れている事にようやく今頃気付いたようだった。
「これは…。」
と、驚くおじさんの真剣な様子に、子供の私の方は、大人の人でも自分が泣いていない事が分からないような人がいたのだとこれまた驚いた。
「知らなかったの?叔父さんここで泣いていたんだよ。」
私は目を丸くして説明した。『何処か近所の童のようだ。』しかも自分より年下のと、私は初めて目にしたタイプの大人の人に心底驚いていた。
土筆(110)
『兄弟というものは何処もよく似るものなんだなぁ。』ここは身内だから尚更だが、よく似た光景を昔見たものだ。2度目ともなると流石に鈍い俺でも物事がよく分かるものだ。 彼はそう......
こちらは梅雨空ですが、雨は降らないかもしれません。