その後、親戚の子が家に入るのを見届けて、彼女達親娘はまた会話をし始めた。
「この後あの子が来るとして、何処から来るかしらね。」
母が口にすると、彼女の娘姉妹の内長女が、そうねぇと応じた。
「この、表玄関からは…、彼、来ないんじゃないかしら。」
多分ねと姉は言う。彼女の従兄弟、その兄はきっと、自分が指図した下の兄弟の首尾を確かめに来る筈だ。暗黙の内にこの点でこの親娘の意見は一致していた。抜かり無い彼の事だ、きっとこの家に現れるだろう。
「表立って口に出来る様な事じゃ無い話ですもの。」
姉は自分の発言を続けた。こっそりと…。そこ迄言うと、彼女は自分の妹の方へ視線を投げ掛けた。妹はコクリと頷くと、
「裏よ、裏庭から忍んで来ると思う。」
姉さんそうでしょうと、彼女は自分の意見を口にすると姉の同意を求めた。妹の呼び掛けに、姉の方は考えながら黙りこくっていた。が、姉は母と目が合うとうんと頷いた。
「きっと裏よ、この家の勝手口から来ると思う。」
妹の言う通りだ、彼女等の従兄弟の兄は、こっそりと忍んで来る筈だ。そう彼女も自分の妹の意見に賛成した。姉妹の母も私もそう思うよと言うと、ここで3人の考えは1つに纏まった。
彼女達は早々にこの家の表玄関から建物の裏手に回るべく、女3人そそと連れ立つと表玄関と接している広い往来を進んだ。彼女達は直ぐにその道の角に立つ電信柱の横に達した。この電柱を左に迂回して、道幅がこの表通りの半分程の道路に入る、すると2件程先に彼女達の親戚の家の裏口へと続く通路、その家の裏庭、勝手口に接している路地があるのだ。この路地は土剥き出しだが公共の物で、この近隣の家の各々の裏口に接していた。また、通路は袋小路になっておらず、2箇所程の出入り口を持ち、この界隈の舗装路へ通り抜け出来るのだ。その為住人の誰もが便利に行き来していた。昔この親戚の家の住人であった彼女等親娘も、この地理やこの界隈の事情にある程度通じ、近隣の人情等重々知り尽くしていた。彼女等の親戚の長子である男の子も、この通用口の何方かからやって来るだろう。そう彼女達は踏んでいた。
「でも、そう急ぐ必要も無いわね。」
母は独り言の様に口にした。あの子の首尾を付ける時間が必要だろうからねと、その兄の遅れてやって来る時間、彼が兄弟の後から来る為に計っているだろう時間、の猶予を算段し始めた。
「30分位かしら。」と、彼女は娘達に尋ねてみる。お前達だと如何かしら?、あの子が叔父さんに先程の話を着けるのに、さてどれ位の時間を見積もるかしらね、と、問うてみる。さあ如何かしらと考え込む2人の娘を前に、その間ふいと顔を上げた彼女に、向かい角に建つ食堂の看板が目に入った。彼女は急に空腹を覚えた。『そうね、昼食時に当たるわね。』、お腹も空く頃だと彼女は思った。
「お昼にしましょうか?。」
娘達に尋ねてみる。お母さん、親戚の不幸時に食事だなんて…、長女が不満そうに彼女に忠告し掛けると、彼女はだからよと自分の長女に言った。
「あの子だってお昼にしている時間よ。」
あの子の事だ、腹拵えしてから来ますよ、きっとね。と、毅然とした母は、娘達に彼女の悠然とした微笑みを見せた。