junjunのはなまる日和&ときどきネパール

日々の暮らしとネパールのことなど・・・。

6度目のネパール ダクシンカリ

2010-10-06 18:24:27 | ネパール
 今までのネパール訪問ではネパール語は喋れなくても、読めなくても困ることはありませんでした。 これからも困ることはないかもしれません。

 ですが何度も訪れているうち、だんだんとネパール語を知りたい、話してみたいと思うようになりました。 
そこで2009.10月の6度目の訪問は約1ヶ月とし、ネパール語の勉強を始めることにしました。

 毎日勉強だけでは疲れてしまうので、土・日は休みとしました。

 その休みを利用しての最初の観光がダクシンカリでした。

 
 2009.10/3日

 ダクシンカリはカトマンドゥの南南西の方向にあります。 山道を進んでいくのですが車で1時間くらいかかったと思います。

 カトマンドゥの西を流れるヴィシュヌマティ川 (カトマンドゥから世界遺産六つ目のスワヤンブナート寺院まで歩いて行くときもこの川を渡ります) を渡り左に曲がります。 その川はやがてパシュパティナートから流れてくるバグマティ川に合流しますが、そのバグマティ川に沿ってどんどん南に進みます。
 
 右に曲がるとキルティプールに行くというその道には進まず、さらに川に沿って南へ。

 文殊菩薩が大刀で山を切り開いたという場所、チョバールを通り、徐々に川から離れ山道を登って行きます。 途中左にたくさんの野鳥も見られるという湖、トゥダー湖があります。

 さらに進んで行くと左手、遠くの方に4月に尋ねたコカナの村が見えました。さらに進むとはるか遠く、下の方にブンガマティも見えました。 かなり高いところまで上がってきたのがわかります。

 ディネシュさんの話ではこのあたりには今でもレオパードが住んでいるとのこと。 日本だとさしずめクマが出没するあたりという感じでしょうか・・・。

 途中には、カトマンドゥ盆地の四隅にあるというナラヤンの寺で有名な一つ、セサナラヤンがあります。 ここは帰りに寄ることにしました。

 ネパールで一番最初に電気が点いたというファルピンという村を通り過ぎると間もなくダクシンカリです。

 こんな遠いところまで、ディネシュさんのお母様たちの若いころは6~7時間もかけて歩いてお参りに来たそうです。


 ダクシンカリ (ダクシン=南 カリ=シヴァの妃・パールヴァティの化身)

 ダクシンカリは願い事を叶えてくれる女神が祀られています。 この神は血を好む神です。
山羊やニワトリの首を切り血を捧げる光景が見られました。  生け贄にされる動物は自然に放し飼いにされたオスのみが捧げられます。

生け贄にされた動物は人間に生き返るため、生け贄は悪いことではないとされます。 
何も知らないこの鶏の運命は・・


この日はダサインの最後の日。 2方向から長い行列ができていました。 この日だけでなくダサインの間の15日間、毎日この賑わいだそうです。


 生け贄にされた鶏や山羊は近くにある?で皮をはがれ、料理に使えるように小さく切り刻んでもらえます。 それを家に持ち帰ってごちそうにして食べるのです。


参道には野菜やお土産を売る露店がたくさん並んでいます。


緑の小さい実(ビー玉より少し大きい)はアマラといって薬草の実。 酸っぱいけれどこれ一つ食べるとリンゴ2コ分の栄養があるとか・・  まだ試したことはありません。




 帰り道で寄ったのが・・・


 セサナラヤン寺院 (セサ=頭 ナラヤン=ヴシュヌの別名)

 ナラヤン寺院はカトマンドゥ盆地の四方にあり、カトマンドゥを守護しています。 

 1.チャングナラヤン(カトマンドゥの北東)・・・世界遺産七つ目で紹介
 2.ビサンクナラヤン(  〃    南東)・・・次回訪問予定
 3.セサナラヤン  (  〃    南西)・・・ここ
 4.イチャングナラヤン(  〃   北西)


 ここは寺院といっても岩をくりぬいて作った祠のようなもの。(写真がない・・)
ディネシュさんがバターランプを買ってくれ、お参りをしました。

寺院前にいたのがこの像たち

 
 隣にはやはり岩をくりぬいて作った洞窟があり、中にはパドマサンバヴュ(チベット仏教を広めた高僧)が祀られています。 ヨーロッパからの人たちが5~6人入ったら満杯。 私は覗いただけでした。

 その洞窟の近くの高いところに古くからあったようなチベット仏教の僧院がありました 来る途中には新しいりっぱな僧院もありました。


 行きには気がつかなかったのですが面白いブランコが目に入りました。
四方に竹を立て、それをうまく利用してぶらんこにしてあります。 お祭りの時だけ作られるそうです。 大人たちが見守る中、子供たちは交代で楽しそうに遊んでいました。




 ザールヴィナヤク寺院 (ヴィナヤクはガネシュの別名)
 
 前にブンガマティとコカナの間にあったカールヤヴィナヤクを紹介しましたが、ザールヴィナヤクもガネシュで有名な4人のうちの一人です。

寺院の規模はブンガマティの近くにあったものと同じくらいのこじんまりしたものです。 祀られているのは 「大きな岩」 というようようなものでした。 


ここには体長1.5mもありそうな大きなネズミが寺院の方を向いて据えられていました。 これまでガネシュの乗り物がネズミということを知りませんでした。


寺院入口の絵にはガネシュの足元にネズミが描かれていました。


この寺院のすぐ隣をインドのガンジス川につながっているというバグマティ川が流れています。 そこから見える橋のあたりが文殊菩薩が切り開いたというチョバールとのことでした。





5度目のネパール ディネシュさんのお宅にお呼ばれ

2010-10-04 21:09:08 | ネパール
 

 ブンガマティ、コカナを訪れたあと、パタンにあるディネシュさんのお宅のランチに招待されました。


 ディネシュさんの家のすぐ近くには小学校があり、にぎやかな子供たちの声が聞こえてきます。 ディネシュさんの小学生のころは学校のチャイムが鳴りだしてから家を飛び出していったそうです。 あとで、屋上から見たらすぐ後ろに見えました。

 周囲は典型的なネパール住宅です。 日本式にいうと、建坪は広くはないけれど上に高く5階建て。まわりもほとんど同じくらいの高さの家でした。

 今日はお母様といとこさんが迎えて下さいました。 あとから、結婚をして別のところに住んでいる妹さんも来て下さいました。


お食事の前に屋上に上がり、先日植物研究所で戴いてきた 「ルドラクチャー」 の種を鉢に蒔きました。


 屋上には鉢植えのお花がたくさんあり、一角に神様をお祀りする部屋が設けられています。 ネパールでは神聖な神さまや台所は最上階、トイレなどは不浄とされ1階にあるのが普通のようです。

 乾季になるとこの屋上からヒマラヤの山並みがよく見えるそうです。 この日は見えませんでしたが写真を戴きました。

ドルジェラクパ(右)やランタンヒマールも見えるそうです。




 この日は私の為に特別にお料理を作って下さいました。 

 基本はネワール料理です。 

○ 丸いお皿の上・・・ご飯、チキンカレー、和え物 + お皿のあいているところに漬                               物が乗ります。

○ 黒豆のスープ(ダル)・・・ 写真右上のスープ 

 それに

○ いろいろな種類の豆を煮込んだスープ(クワティ)・・・ 写真右下の器   クワティは8月の満月の日には必ず作るものだそうです。 これが又とても美味しいのです。 




○ 黒豆の皮を取り除いて粉にしたもので作った白いパンケーキのようなもの(ネワール語でウォー、ネパール語でバラ)も焼いて下さいました。 黒豆の皮を取り除くなんて手がかかりそう・・・と思ったら、お祭りの時に作るものを特別に作って下さったのでした。


○ 食後には王様のヨーグルト(ズズダヒ)と香りのよいミルクティー(チャー)もいただきました。


 お料理は全体的に薄味、ウォーにはほのかな甘みがあり、どれもゆっくり味わいながら戴きましたがとてもおいしかったです。



 ほんとーにおいしかった!  ごちそうさまでした。



 話は変わりますが

 ネパールの建物事情を少し・・・

一軒一軒は真ん中の家のようにのっぽ。 これは相続の時、縦に分ける為と何かで読んだことがあります。


そしてとなりの家とはこの写真のようにぴったりくっつきます。 こんなにぴったりくっついていて一軒だけ建て替えるのに不都合はないのかと思いましたが大丈夫とのことです。 上の家も隣に家が出来るときはこうなるのでしょう。 



 昔のレンガの家は鉄筋などは使わず、外壁の厚さが45Cmもあり、冬は暖かく夏は涼しい造りだそうです。 間仕切りの壁も45Cmもあり、そこにはタンスなどが収められるようになっているとか・・・

 最近の建物は上の写真のように鉄筋を使い、壁もレンガ一枚だけの厚さのようです。 内部は広くなるのでしょうが住み心地はどうなのでしょう?


 レンガは何種類かあるようです。

バクタプールの王宮の修理中に見かけたのがこのレンガでした。この形は珍しいと思って見ていました。


 ネパールのレンガはみなこの形かと思いましたら・・

日本で見るレンガと同じ 平らなものもありました。


 
 近年このレンガが値上がりしているとのこと。 10年後はどうなるかと思うと私にも恐怖です。

 ただ、レンガ工場で働く人たちは、粉塵などで環境も悪く、過酷な労働なのに賃金はとても低い・・などと聞くと、これもとても複雑な気持ちです。



        

5度目のネパール コカナ

2010-10-03 19:28:55 | ネパール
 2009.4/22日 

 ブンガマティ訪問後、車で20分位のところにあるコカナに向かいました。 細いでこぼこ道なのでゆっくり進むしかありません。

 コカナもネワール族の仏教徒の村です。


 ブンガマティからコカナに向かう途中、ガネシュの寺で有名な寺に寄りました。


 カールヤヴィナヤク寺院 (ヴィナヤク=ガネシュの別名) 

 ガイドブックなどにはガネシュは「商売の神」と書かれているのですが、ディネシュさんはちょっと違うと言います。 「縁起のいい神」だと・・・

 世界遺産一つ目④でカトマンドゥ ダルバール広場にあるガネシュの寺、アショクヴィナヤク寺院を紹介しましたが、あそこはホントに小さい「祠」という言葉のほうが合うほどの建物です。 

 それから比べるとこちらの方がずっと大きいですが、寺院としては小さいかもしれません。 境内が狭いのと光の加減で写真はうまく撮れませんでした。

 裏に廻ると、調理場付きの集会所のような建物があり、お参りの後などに集まりみなさんで美味しい料理を作ったり持ち寄ったりして楽しむそうです。

 ということで、この寺は村の人々から大変愛されています。



 ここで、ガネシュで有名な4人(4つの寺)を紹介します。

 1.アショクヴィナヤク・・・・・カトマンドゥ ダルバール広場
 2.スルヤヴィナヤク・・・・・・バクタプール
 3.ザールヴィナヤク・・・・・・カトマンドゥの南西 チョバール
 4.カールヤヴィナヤク・・・・・ブンガマティとコカナの間




 コカナ


 町の入り口に車を置いて歩き始めると、道路の真ん中に寺院が建っているのが見えます。 ネパールではこんな形で、道の真ん中?に建っている寺院をよく見かけます。

ルドラヤニ寺院  (別名 シカリマイ寺院) ルドラヤニ(又はシカリデヴィ)という女神を祀っています。


 これは、もともとこの形態で建てられたのか、手前に住宅があり狭い道路の道路際にあったものが道路を拡張したために寺院が道の真ん中に飛び出す形になったのか? よくわかりません。

 こんどディネシュさんに会ったら聞いてみましょう。


 この寺院のすぐ近く(写真右手)に小さな池があります。 8月のお祭りの時には池に1頭の羊を投げ込み、それを多勢の人間が噛みついて殺すという儀式が行われるとか・・・ ちょっと怖い話です。

 ブンガマティの村でもそうでしたが、コカナでもアヒルがたくさん歩いています。 山羊も見かけました。 でも鶏は見かけないなーと思っていたら、この村では鶏は飼ってはいけないことになっているとのこと。

 なぜ?

 伝説によると、お釈迦様が修行中のこと(紀元前6C?)、たくさんの虫に刺され苦しんでいました。 すると鶏がやってきてその虫をせっせと食べてくれお釈迦様を助けてあげたそうです。 そのころからネワール族の仏教徒の村では鶏を敬ってきました。

 もし鶏を飼うとなると、いずれは生け贄にするかごちそうにして食べるかするので、それは絶対に出来ないことなのです。

 これが、ネワール族の仏教徒の村で鶏を飼ってはいけない理由です。


 同じネワール族の仏教徒でも住むところにより、鶏を食べている人たちもたくさんいます。 コカナやブンガマティではまだ古くからの風習が守られているのです。

 この村を歩いていて気がついたこと、それは家々の2Fや屋上に掲げてある見かけない旗。 これは「ネワール族の仏教の旗」だそうです。 お祭りの1ヶ月前から立てられるそう。 

 お釈迦様が生まれたのは満月の夜。 悟りを開いたのも満月の夜。 涅槃に入られたのも満月の日。 いずれも5月の満月の日。 ・・ということで5月の満月の1ヶ月ほど前になるとこの旗がひらめくということです。


この旗はその後2009.10月、カトマンドゥのタメル地区でも見かけました。



 このあと、こんなゆるやかな段々畑を見ながら帰途に着きました。




 この日はディネシュさんのお宅で遅いランチにお呼ばれしていました。

 その前に、来る時に通りかかったチベット難民キャンプに寄ることに・・

ネパールにはチベットからの難民が何万人か何十万人かわからないほどたくさんいるようです。 あちこちに難民キャンプがあります。 ここはパタンに近いところにある大きな施設です。 


1Fではたくさんの人が絨毯を織っています。 男性もいるということですが女性がほとんどです。


2Fは展示場になっています。超高価なものからお手頃なものまでとにかくたくさんあります。


 私たち観光客も購入することが出来るようですが、なんと、ヨーロッパからは飛行機一機(Air Cargo)仕立て、それに乗るだけの絨毯を買い付けにくるそうです。 オドロキー!

 難民というのは生活に苦労しているのかと思っていましたが、なんのなんのチベットの人はお金持ちが多いのだとか。 

 私がまわったカトマンドゥだけでも、りっぱなチベット仏教のゴンパ(僧院)にどれだけ会ったかと考えると、お金持ちと言われるのもうなずけます。




5度目のネパール ブンガマティ

2010-10-02 21:00:49 | ネパール
  2009.4/22日 


 カトマンドゥからパタン方面に向かい、途中の Y 字路をパタンの中心部には向かわず右の道をとり南に進みます。

 若い人のデートスポットにもなっているという動物園や難民キャンプを通り過ぎ、リングロード(環状道路)も横切り、さらに南へと進みます。

 やがて左手に幅の広い川が見えてきます。 この川は以前、世界遺産四つ目で紹介したパシュパティナートから流れてくるバグマティ川の支流になります。 川では洗濯をしている人たちが見えました。

 
 ここから少し進むとブンガマティの村が見えてきます。





 ブンガマティ

 ブンガマティはネワール族の仏教徒の村です。

 この村の歴史もかなり古く、 「木彫の村」 と言われています。 参道の両側にはクスノキで彫っているという木彫品の職人の家がたくさんあります。 クスノキを使って彫る仏像はとてもいい香りがします。 飾り窓やお面のようなものも彫られています。 カトマンドゥやパタンなどからここに買い付けに来るそうです。

 この村にもクマリがいますがここのクマリは普通の生活をしているそうです。


 ゆっくり歩いて行くと
 
豆の実をさやから出す作業をしている女性がいました。





なぜかアヒルが多く見られます。 それも放し飼いです。 でも自分の家はちゃんとわかるのでしょうね。

生まれて間もないあひるがたくさん。 お母さんがしっかりついています。


散歩中のあひる。 すでに自立しているようす。


母はいつも子供を見守っています。



広場でむしろに広げて干しているのは、えんどう豆やターメリック、コリアンダー、からし菜などの種です。



しばらくしてインド・シカール様式の寺院、マチェンドラバハルに着きます。 (マチェンドラ=観音さま バハル=神さまのいるところ)



 「パタンの山車祭り」のところで紹介しましたが、ここの観音様はパタンのマチェンドラナート寺院の観音さまと共通の観音様です。

 半年づつ行ったり来たりするのです。 パタンの山車祭り(4~6月にかけて)の最後の日にここブンガマティに移され、半年間はこちらの村の人々の篤い信仰を受けます。

 

 境内を囲むように住宅があります。 なので境内でも豆が干され、さやから豆を出す作業をしている人がいるのです。


寺院正面のシンガ、シンギニ


門の前、後ろ姿のシンガ  後ろ姿を撮る機会はなかなかありませんでしたので。


シンギニ   




寺院少し手前にいた、どういうわけか地に埋まったシンギニ

なぜ埋まっているのか聞くのを忘れました。


帰りは同じ道ではなくこの細い路地裏を通らせてもらいました。


すると一軒の家に絨毯を織っている女性たちがいました。 この写真のほかに数人・・


 以前にも絨毯を織っている女の子たちに会ったことはありましたがゆっくり話をすることはありませんでした。

 ここの女性たちとはディネシュさんを通して話をすることができました。

 ここでは二人、三人で並んで一つの絨毯を織っています。

 朝、電気が来ていれば5:00ころから、電気が来ていなければ明るくなる6:00か7:00から始め、夜も電気があれば8:00位まで織っているそうです。

 幅1m 長さ3mくらいの物を二人で織ると2週間くらいかかり、
 幅2m 長さ2mくらいの物を3人で織ると1週間くらいかかるそうです。

 私は聞きにくくてどれくらいの収入になるのか聞けなかったのですが、ディネシュさんがしっかり聞いたそうです。

 それによると、経験にもよりますが1カ月で1万ルピーくらいになるそうです。 日本円にすると1万3000円くらいですが、ネパールでは家族4人の1ヶ月の生活費を1万円くらいでやっている家もあるのですから相当な収入だなーと思います。


 それにしてもネパールの人は働きものです。 日本と違うのは、木彫をするのは女性もいましたが主に男性の若者、じゅうたんを織っているのは主に女性ですがこちらも若い人。 どちらも若い人が頑張っている姿が頼もしく、将来が楽しみ~とほほえましく思いました。



 ゴルクナートの話

 ゴルクナートの像は 今はカトマンドゥ ダルバール広場のカスタマンダプ寺院にあります。



 伝説によると、6世紀、リッチャビ王朝・ナレンドラデーヴ王の頃、インドからやってきたゴルクナートというヨーギー(修行者)が、ここブンガマティで雨をもたらす龍ヘビ(ナーガ)の上に座って瞑想を始めてしまいました。

 そのためナーガはヨーギーの下に閉じ込められ、その後12年間も雨が降らず人々は干ばつに苦しみました。

 そこでナレンドラデーヴ王(この時はバクタプールの王)とバンドダッタ・アチャルヤ(カトマンドゥの特殊な能力を持った使者)とパタンの農民(ポーター)の三人で、インド、アッサム州カマルパ・カマクチャというところにいるヨーギーの師・マチェンドラナート(観音さま)を迎えに行くことにしました。

 師であるマチェンドラナートが来ることになればヨーギーは、敬う師に礼を尽くすため迎えに立たねばなりません。 そうするとヨーギーの下に閉じ込められてしまったナーガも動くことができ、雨を降らすことができるのです。

 特殊な能力を持つ使者、バンドダッタ・アチャルヤはマチェンドラナート(観音さま)を黒い蜂に変え、壺に入れてカトマンドゥに持ち帰りました。

 そして雨乞いの祈りをしたところ雨を降らすことが出来たということです。




 

5度目のネパール ブダニールカンタ

2010-10-01 18:15:50 | ネパール
 ブダニールカンタを訪れたのは 5度目の訪問 2009.4/21日のことです。

 ブダニールカンタはカトマンドゥの北の方、10Kmほどのところにあります。 

 かつての王宮、今は国立博物館になっている西側の塀に沿って、日本大使館の前を通り、大統領府、アメリカ大使館の前も通り過ぎ、リングロード (カトマンドゥの中心から3~4Kmのところを環状に走る道路)を横切って北へどんどん進みます。 

 途中、竹のたくさん生えているところが目立ちました。 ここの地名はバースワリといって”竹のある場所”と言う意味だそうです。 昔はこのあたりは山か林だったと思われますが、今は新しい家がぎっしり立ち並びすっかり新興住宅地の体をなしています。 多くはカトマンドゥに通勤する人たちが住んでいるとのことです。

 その町も通り過ぎ、ブダニールカンタまではカトマンドゥから車で40分も走ったでしょうか・・・



 ブダニールカンタ (ブダニールカンタ=ビシュヌの別名)

 ヴィシュヌの別名に 「ナラヤン」 もありますが、ここの本当の地名は 「ナラヤンタン」 といいます。 

 あまり広くない境内には大きなヴィシュヌのヘビのベッドがあります。 実はヘビではなくコブラ。 このコブラのことをセサナーガといいます。 この石像は7世紀のもの。

水に浮かぶそのベッドにはヴィシュヌが横たわっています。 この日は工事中で水が抜かれて・・・


 ヴィシュヌの住むところをヴァイクンタといい、ヴシュヌのことをヴァイクンタナラヤンともいいます。

 ヴァイクンタはどこかわからないけれど海の中にあると言われています。 そのため、このヴシュヌの像が水に浮いているわけです。

 ヒンドゥー教徒以外は中に入れないのですが、工事中のこの日はお参りの人たちも中には入れず。 入口でのお参りにも長い行列ができていました。

たまたま境内を歩いていらっしゃった一人の僧とディネシュさんが話をしていたので 「一緒に写真に収まって頂けますか」 とお願いしたところ、「いいですよ」ということでこの一枚が・・・  後ろにお参りの人の行列が見えます。

 あとで聞いたところによると、この方は 「マハンタ」と言って、プジャーり(司祭)よりも位の高い方とのこと、恐縮してしまいました。  ラクシュミーの寺に少しのご寄付をさせて頂いたのでそれで許して頂くことに。 感謝!

 ちょうど額にティカをつけてもらったばかりの女の子にも会いました。 真ん中にはパール、その下に黄色で U の形が描いてありました。 この黄色の U のマークはヴィシュヌの印、赤いティカは神の恩恵を示すそうです。



 境内にはヴィシュヌの妃・ラクシュミーの寺もあります。(ここもヒンドゥー教徒以外は入れません)

 なぜか、ブロマー(宇宙創造神)の妃・サラスワティー(弁才天)の像もありました。

サラスワティー(サラソティーと聞こえる)はハ~ンス(アヒル)に乗りビナーという楽器を持つ姿であらわされます。(その歌があるそうでキランさんが歌ってくれました)



 外に出ると私の好きな食べ物 アルチョプ(輪切りにしたジャガイモに香辛料などで味付けし揚げたもの)が売られていたのでディネシュさんと買って、その場で食べました。(残念、食べるのに夢中で写真を撮らなかった!) 
ハエが止まっていたりしますがもう一度揚げ直してくれますので気にしなくてもいいでしょう。 揚げたては又格別美味しいです。ほかにも美味しそうなものがいろいろありました。 タメルの揚げ物やさんでも売られています。

サモウサ


シェル


パコダ


ジェリー





 このあと、シヴァプリ国立公園の入り口にある瞑想センターに回りました。 ブダニールカンタからは車で10分くらいだったかと・・・ 坂道を少しづつ上って行きます。

 


 シヴァプリ国立公園                   入山料 250ルピー

 公園の広さは144平方Km。 シヴァプリ山(2732m)に登る人はここで入山料を払ってから登り始めます。 自然のままの動物、植物、それに珍しい蝶もたくさんいるため訪れる人も多いそうです。

 途中のゴンパまで約1時間30分。 頂上はまだその先。 私は登山は遠慮しました。



 瞑想センター

 シヴァプリ国立公園の入り口の右手にある立派な黄金の建物は、ここに来る途中からもよく見えます。

 敷地内にはたくさんの建物があり、多勢の人が瞑想をしているそうです。 瞑想の時間帯に訪問してしまった為、中を見せて頂くことは出来ませんでした。
中を見たい方は時間の確認をしてから訪問したほうがいいでしょう。

 同じ宗派の瞑想センターは京都や千葉にもあるそうです・・・




 この日は、 ”ルドラクチャー”のことを聞くため、帰りにカトマンドゥの植物研究所に寄りました。


 数珠のように見えるこれは、一粒一粒をルドラクチャーといい、数珠のようになったものを ”ルドラクチャー・マッラ”といいます。 一連で108個のルドラクチャーがついています。

 
「これって菩提樹の実?」 という私の疑問を解決するためにディネシュさんがわざわざ植物研究所の所長さんにアポをとってくれたのでした。

 そこで教えてもらったのがルドラクチャーは菩提樹の実でもなければ沙羅双樹の実でもなく”ルドラクチャーの木”の実 だということでした。
くるみのようですが、数珠にするわけですからくるみよりはずっと小さいものです。

堅い実の外側に何本かの縦の線がありますが、この線が1本だけのものは超高価なのだそうです。


 かたーい実の中に朝顔の種ほどの種が4~5個入っていますが、カトマンドゥのように乾季に湿気の少ないところではなかなか芽を出してくれないそうです。 

 そのためカトマンドゥにはほとんどなく、ネパールでも東の方、ボージュプールというところに行けばたくさんあるということでした。

 只今カトマンドゥで育てるべく研究中だそうです。 この研究所でただ一本芽を出した貴重なものがこれ。 なんだかコーヒーの木に似ているような・・・



 この実をいくつか戴いてきましたので、後日ディネシュさんの家でも鉢に植え、日本の我が家でもベランダの鉢に植えました。 が、一向に芽を出す気配はありません。

 忘れたころに芽を出すかもしれないと言ったのはディネシュさんだったかな?

 ※10年後の2019年、まだ芽を出していません。 時々鉢をひっくり返すとそのままの実が現れたりしま  す。