四月一日が西東三鬼の忌日、七日は尾崎放哉で、八日は虚子忌でした。
それぞれのところで触れておけばよかったのですが、通り過ぎて来てしま
いました。いま歳時記を見ましたら、七日は三橋鷹女、今日は野澤節子の
忌日でした。
私のメモとして、各俳人について記しておきます。
西東三鬼 我が町葉山が終焉の地になりました。1962年です、誕生が
1900年5月15日ですので満62歳に1月半足りませんでした。
支那街に揺るる焼肉西東忌 / 秋元不死男
奏でゐる自動ピアノや三鬼の忌 / 三橋敏雄
尾崎放哉 戦前の一高から東京帝大に、従妹との禁じられた恋、別れ。
作句、酒、妻と離別、保険会社から馘首、寺男、死ぬまで創作意欲。
生1885・1・20~死1926年。
放哉忌竹の病む葉を虚空より / 飯田龍太
長塀を猫渉りゆく放哉忌 / 新井道子
三橋鷹女 生1899・12・24ー死1972年。「生涯のモチーフは老いと死
の追求」だという。<堕ちてゆく炎ゆる夕日を股挟み>
鷹女忌やをんなは遺書を書かざりし / 糸山由紀子
鷹女忌のすでに出てゐる油虫 / 石原八束
高浜虚子 生1874・2・22ー死1959年。数年前妻と鎌倉寿福寺に行った
ら丁度4月8日「関係者以外禁」でした。戒名は虚子庵高吟椿寿居士。小説
「俳諧師・続俳諧師」は割合面白かった。
欠伸忌とおもうてもみる虚子忌かな / 京極紀陽
かまくらへゆつくりいそぐ虚子忌かな / 黒田杏子
野澤節子 生1920・3・23ー死1995年。俳句との出会いは古賀まり子と
似ている。 節子 われ病めり今宵一匹の蜘蛛も宥さず
まり子 紅梅や病臥に果つる二十代
節子の忌花前線のさきぶれに / 長谷部信彦
節子忌も花を貫く夕日かな / 木原寿美子
【例句=『角川 俳句大歳時記 春』、『ザ・俳句十万人歳時記 春』より】