Reflections

時のかけらたち

嵯峨野巡り -2 (あだし野念仏寺と證安院)・・・ traveling around Sagano -2 (Asashino Nenbutsu-ji and Syouanin)

2021-09-17 22:45:40 | wonderland

奥嵯峨野から降りてきました。コロナでなかったらたくさんの人でにぎわう場所です。

 

小さなミュージアムも閉まっていたりしました。

 

 

あだし野念仏寺です。このあたりは平安時代より、葬送の地として知られていて、
あまり行きたくなるような場所ではありませんでした。

 

 

 

インドの遺跡のような仏舎利塔。

 

 

 

 

無数の石が積まれています。

 

ここから竹林を上がって行きました。

この竹林のなかに角倉素庵のお墓があります。

琳派400年 俵屋宗達と角倉素庵の友情物語

あの美しい嵯峨本を宗達と作成した素庵。二人の友情のことはNHKで宗達の美術の番組で知り、感動しました。
恵まれた家に育ち、芸術を愛した素庵がハンセン病にかかってこの地に隠遁した時も、宗達はたびたび訪れたと
あります。今回の旅行で偶然、角倉素庵のお墓のあるあだし野念仏寺を訪ねることができました。

こちらは一般の墓地です。

 

あだし野念仏寺

今から約1100年前、弘法大師空海は、風葬で野ざらしになっていた亡骸を憐れんで、化野の地にお寺を建てたのが始まりです。
土葬という習慣を伝え、約8000体の石仏や石塔を立てかつて化野で亡くなった人たちのお墓としました。

建立当初は五智山如来寺(ごちざんにょらいじ)という名の真言宗のお寺でしたが、鎌倉時代に浄土宗の開祖である法然上人が
念仏道場としたことから、人々に「化野念仏寺」と呼ばれるようになりました。

化野念仏寺がある化野(あだしの)地区。
『あだし』とは、仏教の言葉で「はかない、むなしい」という意味があり、転じて、この世に再び生まれ変わることや、極楽浄土に
往生する願いなどを意味します。

 
徒然草 吉田兼好

『あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の烟立ち去らでのみ、住果つる習ならば、如何に物の哀れもなからん。世は定めなきこそ、いみじけれ』

式子内親王や西行の歌も残っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

證安院

もっと降りていくと祇王寺の近くにネットで見たかわいいご朱印を書いてくれる小さなお寺がありました。

 

 

小さな、こぎれいなお寺でした。

 

 

 

 

人気のこのご朱印は若いお寺の奥様が、いろいろな図柄を季節ごとに考えてたくさんの
パターンがありました。 私は当初の黒だけのシンプルなのがいいとおすすめしました。

SNSでブレークして、長い列ができて、一人で書くのが大変だったとのお話です。今では並ばないで
書いていただけます。

いろいろなお話をして、私が丑年と話したら、なんと牛の絵のタオルをいただいてしまいました。
お寺のために頑張っているかわいい奥さまでした。

 

 

July 18  2021   Kyoto

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