碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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フジテレビ「女子マラソン中継とCM」について解説

2012年08月07日 | メディアでのコメント・論評

J-CASTニュースの取材を受け、フジテレビの「女子マラソン中継とCM」について解説しました。


「CMの合間に競技やってるみたい」
フジの女子マラソン中継に視聴者イライラ

フジテレビが放送したロンドン五輪の女子マラソンの中継で、コマーシャル(CM)が多すぎるのではないかと疑問の声がわきあがった。

レースの前半ではCMが入ったため、日本人選手が一時先頭に立とうと仕掛けた瞬間が生で見られないこともあった。「CMの合間にマラソンをやっているみたいだ」――。インターネット上ではこう揶揄する声が上がっている。

日本人選手の「見せ場」がCMで見られず

女子のマラソン競技は、日本時間2012年8月5日の19時にスタートした。最初にCMが入ったのは19時8分ごろで、以後5~10分ごとに約2分間のCMが流れるというパターン続く。19時46分過ぎのCMあけの映像では、先頭集団のランナーたちが既に給水を終えた後で、実際の給水の場面をすぐに録画で流して補っていた。

その2分後、またもCMに切り替わる。中継に戻ると、それまで集団の中で埋もれ気味だった日本人選手のひとり、尾崎好美選手がグループの先頭に立っていた。このレースで尾崎選手は19位に終わっており、見せ場らしい見せ場はこの時ぐらいしかなかった。視聴者は、強豪ランナーひしめく中で尾崎選手がどのように仕掛けたのか、その瞬間を見逃すこととなってしまった。

レースも後半に入った20時36分ごろ、ケニアの3選手とエチオピアの2選手を追走していた中国の選手が徐々に遅れ出したタイミングでCMに入った。中継に戻るとキャスターが、「5人を追いかける後ろの選手の姿が、ほとんど見えなくなり始めています」と告げた。CM中に、後続がかなり引き離されてしまったのだ。カメラがとらえるのも5人のランナーだけに変わっていた。

頻繁に流れていたCMは、21時2分~4分を最後にピタリと止まった。レース終盤の息詰まる展開が途切れないように、という配慮からか、放送が終了する21時51分ごろまでは一切入らなかったのだ。2時間51分の放送時間の中で、CMに費やされたのは約28分、割合にして16%を占めた。最初の2時間だけをとれば、22%程度に跳ね上がる。

番組を見ていた人は、視聴中から「CMが多すぎる」との苦情をツイッターやインターネット掲示板に書き込んでいた。「肝心の、刻一刻と移り変わる状況がさっぱりわからない」という。CMのないNHKで中継してほしいとの声や、番組に業を煮やして途中でラジオに移行した人もいた。

莫大な放映権料を回収するため「細切れ販売」?

日本民間放送連盟の「放送基準」では、18時から23時までの間の連続した3時間半を指す「プライムタイム」の標準的なCM時間量が規定されているが、「スポーツ番組および特別行事番組については各放送局の定めるところによる」となっている。五輪のマラソンはこれに該当し、フジテレビ独自の「基準」でCMを流して差支えないようだ。

ロンドン五輪はフジテレビ以外の民放各局でも放映されているが、CMはどのような扱いだろうか。例えば8月3日、TBSがバレーボール女子の日本―ロシア戦を中継した。第1セット開始から約20分間はCMなし。日本が16対13とリードを奪ってタイムアウトに入ると初めて1分程度のCMが流れた。それから約14分後、ロシアが逆転で第1セットをものにしてから次のCMといった具合だ。同日、テレビ東京で放映された卓球女子団体1回戦では、日米両チームが入場してから福原愛選手が第1ゲームで勝利するまでの約12分間、やはりCMはなかった。

上智大学文学部新聞学科の碓井広義教授(メディア論)はJ-CASTニュースの取材に、「フジテレビのマラソン中継でのCMは、明らかに多かったと思います」と話す。その裏には放映権料の問題があるようだ。

碓井教授によると、NHKと民放各社による放送機構「ジャパンコンソーシアム」が国際オリンピック委員会(IOC)から、2010年のバンクーバー冬季五輪とロンドン五輪の放映権を「セット」で購入したが、支払った額は約325億円に上るという。高騰の一途をたどる金額は近年問題視されているが、テレビ局としては「買わないわけにはいきません」(碓井教授)。

巨額の費用を回収するため、テレビ局はスポンサーにCMを売ることになる。だが不況が続く国内で、気前よく大金を出せる企業は多くない。そこで、できるだけ多くのスポンサーを探して「細切れ販売」したのではないかと碓井教授は考える。スポンサーが増えれば、番組中に流れるCM数もそれに比例する。

マラソンはスタートからゴールまで切れ目がなく、競技中にタイミングを見計らってCMを入れざるをえない。クライマックスをノンストップで見せようと、前半に集中的に流したのかもしれないが、今大会不振だった日本人選手が何とか健闘していたのが、その前半だったことも「災い」した。

とは言え「フジはほかにも五輪番組はあるはず。CMを入れにくいマラソンであれだけ流すのは、バランスを欠いていたのではないでしょうか」と碓井教授は疑問を呈する。


実際に今回のマラソン中継は、フジテレビで放送している別のスポーツ特番よりCMが多かったのだろうか。事情を確かめるためJ-CASTニュースはフジテレビ広報に質問を送付したころ、FAXで回答が寄せられた。

それによると、「CM量は通常のスポーツ中継と比べ特段多いということはございません」との説明だ。視聴者から問い合わせや苦情は寄せられたかとの問いには、「応援メッセージなど頂戴しましたが、その中に『CMが多い』というご意見もございました」とこたえた。また、レース終盤にCMを入れない配慮をしたかとの質問に対しては「生中継のスポーツ番組では、競技の展開、進行を見ながらタイミングを計りCMを送出しております」とのことだった。

(J-CASTニュース 2012.08.06)


今月の「碓井広義の放送時評」(2012年8月)

2012年08月07日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

北海道新聞に連載している「碓井広義の放送時評」。

今回は、真っ最中の「オリンピック」について書きました。


メディアビジネスとしてのオリンピック
横並びテレビ報道に疑問

7月27日(日本時間28日)に開幕したロンドン五輪。連日のテレビ観戦で寝不足という人も多いだろう。私たちがテレビやネットでの中継を見られるのは、NHKと民放各社で組織する放送機構「ジャパンコンソーシアム」が放映権料を支払っているからだ。その金額は2年前のバンクーバー冬季五輪と今回のロンドン五輪で計325億円。一つの国でこれだけの金額が発生するオリンピックは、メディアを使った巨大ビジネスの場でもある。

ロス大会が転機

オリンピックは1984年のロサンゼルス大会がひとつのターニングポイントだった。その運営は長く赤字が続いていたが、ロスでは黒字になったのだ。それまでは運営費の高騰が開催国や開催都市の重荷になっていた。今では信じられないが、開催を希望する都市も減少。オリンピックの存続自体に危機感を覚えた当時のサマランチ会長と国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピックの「商業化路線」を進めた。オフィシャルスポンサー制度と高額の放映権料が、ついにロスでの黒字をもたらす。

放映権料膨大に

ロスの二つ前となるモントリオール大会の、アメリカ国内での放映権料は2500万ドル。ひとつ前のモスクワ大会では8500万ドルだ。それがロス大会になると2億2500万ドルに跳ね上がった。ちなみに2008年の北京大会でアメリカのテレビ局が支払った放映権料は8億9800万ドル(当時の約900億円)である。

五輪放映権の値段や条件は、IOCと世界各国の放送局との直接交渉で決められる。バンクーバーと今回のロンドンで、IOCが得た放映権料の総額は約38億ドル(約3000億円)。それまでの約1.5倍だ。オリンピックが途方もないメディアコンテンツになっていることが分かる。

もちろん背後にどれだけ大きなビジネスが動いていようと、オリンピックが生身の選手たちによる熱戦で成り立っていることに変わりはない。また彼らが与えてくれる感動も本物だ。ただ、高額で仕入れた試合中継がスポンサーに売りさばかれ、テレビは横並びの五輪一色となる。その一方で、社会の動きが十分に報道されなくなることに注意したい。

たとえば毎週末に国会前で行われている脱原発デモ。回を重ねるごとに参加者は増え続け、先月29日のそれは主催者側発表で「20万人」の大規模なものとなった。しかし、デモの全体像をきちんと見せてくれるテレビ報道はほとんどない。この時期、視聴者に伝えるべきは五輪のメダル獲得数だけではないはずだ。

(北海道新聞 2012.08.06)