【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した、
2020年3月前期の書評から
柴田元幸『ぼくは翻訳についてこう考えています』
アルク 1760円
ポール・オースターなどアメリカ現代作家の翻訳で知られる著者。過去30年の間に翻訳について書いたり話したりしたことのエッセンスが一冊になった。「翻訳は楽器の演奏と同じ」「読んだ感じがそのまま出るようにする」など、100の意見と考察が刺激的だ。(2020.01.27発行)
全 卓樹『銀河の片隅で科学夜話』
朝日出版社 1760円
量子力学などが専門の物理学者による科学エッセイだ。読みやすいのに、奥は深い。「真空の発見」は何をもたらしたのか。人間の自由と「確率の概念」。「多数決の理論」とグーグル検索。科学は〝秘密の花園〟であり、〝豊饒の海〟だという著者の言葉は正しい。(2020.02.10発行)
川田順造『人類学者の落語論』
青土社 1980円
文化人類学の泰斗と落語の組み合わせが新鮮だ。戦後の小学生時代から落語と接してきた経験は、後のアフリカ口承文化研究につながっている。著者が愛する八代目桂文楽や五代目古今亭志ん生の芸と、現地で採取された「アフリカの落語」が地続きとなる面白さ。(2020.02.20発行)
伊東 潤『茶聖』
幻冬舎 2090円
千利休という「茶聖」と「茶の湯」のイメージを一新させる長編歴史小説だ。秀吉が茶の湯に求めた「武士たちの荒ぶる心を鎮める」機能。利休が天下人に求めた「人々が安楽に暮らせる世」の実現。互いの領分を侵さぬはずが、やがて表と裏の均衡は崩れて・・。(2020.02.20発行)
片山夏子
『ふくしま原発作業員日誌―イチエフの真実、9年間の記録』
朝日新聞出版 1870円
新型コロナウイルス騒動で脇に置かれた、今年の3月11日。しかし9年が過ぎたことで、ようやく明かされる真実もある。「行ってはいけない」場所で働く人たちは、その目で何を見てきたのか。取材を続けてきた記者が伝える、終わりなき原発事故のリアル。(2020.02.28発行)
内田 樹『サル化する世界』
文藝春秋 1650円
著者によれば、為政者から市民までを支配する気分は「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」。つまり「朝三暮四」の論理だ。ポピュリズム、憲法改正、貧困など多様なテーマを論じる本書。正しい書名は「サル化する日本と日本人」かもしれない。(2020.02.28発行)
橋爪紳也『大阪万博の戦後史―EXPO'70から2025年万博へ』
創元社 1760円
大阪を舞台とする「現代史読み物」であり、軸となるのは昭和45年の大阪万博だ。万博以前、万博そのもの、そして万博後と、編年体の通史になっている。中でも万博主要パビリオンの解説は圧巻。世紀のイベントが大阪という街にもたらしたものは何だったのか。(2020.02.20発行)