「週刊新潮」に寄稿した書評です。
豊崎由美『どうかしてました』
集英社 1870円
著者初のエッセイ集である。最大の特色は、いかにして「辛口書評家」と呼ばれる現在に至ったのかが明かされることだ。現在の自分と読んだ本をめぐる話の中に過去が浮上してくる。団地っ子だった少女時代。若くして亡くなった姉が本を読む姿。印度哲学科卒業後、活字業界底辺部での彷徨。そして書評という天職との出会いと驀進。それは自分の好きなものを守るために「応援する」仕事だった。
河村季里『旅と食卓』
角川春樹事務所 1870円
有名女優との逃避行を小説にした『青春の巡礼』から約45年が過ぎた。80歳となる作家の新刊は、パリ・南仏への旅を綴る随筆集だ。記されるのは美食と美術への関心が中心となっている。トリュフのスープや仔羊のローストなどを味わいつつ、セザンヌやルノアールやゴッホに関わる場所を訪ねて回る贅沢な旅。度々回想されるのは、若き日の世界放浪だ。過去と現在が交差する〝傘寿の巡礼〟である。
フランク・テタール:著、蔵持不三也:訳
『地図とデータで見る宗教の世界ハンドブック』
原書房 3850円
現在も続く世界各地の紛争。その実態を読み解く太い補助線が宗教である。権力に利用される形で緊張の原因や紛争の要素となっているからだ。パリ第1大学教員で地政学が専門の著者は、宗教が権力やアイデンティティや地政学などに及ぼす大きな影響を明らかにしていく。たとえば、キリスト教と並ぶ主要な一神教であるイスラム教を知ることで、シーア派の分離や権力闘争の意味も見えてくる。
安部公房、三島由紀夫、大江健三郎『文学者とは何か』
中央公論新社 1650円
三人の作家による鼎談や対談が全五編、発表年代順に収められた。昭和33年の鼎談では批評の功罪が話題となる。三島は「小林秀雄というのは偉い人だと思う」と語り、若き大江は「江藤淳を高く評価しています」と吐露する。また41年の安部と三島の対談では、伝統の最高理念を死ぬときに授かると言う三島を、「遅すぎはしないかな(笑)」と安部がからかう。どちらも存命であれば百歳だ。
(週刊新潮 2025.01.23号)