碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

なりすましドラマ  自分の居場所見つけるヒントに

2023年09月17日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<Media NOW!>

なりすましドラマ 

自分の居場所見つけるヒントに

 

今期クールに、2本の「なりすましドラマ」が登場した。1本目は「この素晴らしき世界」(フジテレビ系)だ。パート主婦の浜岡妙子(若村麻由美)は突然、芸能事務所から驚きの依頼を受ける。

大女優・若菜絹代(若村の二役)のスキャンダルが発覚し、謝罪会見を開きたい。しかし本人はアメリカへと逃走してしまう。容姿がそっくりの妙子に代役を務めてほしいと依頼があり、妙子は一度だけのつもりで会見を乗り切るが、それで終わりではなかった。

主演の若村自身が、体調不良で降板した鈴木京香の代役である。だが「平凡な主婦」と「大物女優」、さらに「女優になりすました主婦」という3態を演じ分けて見事だった。なりすましを通じて妙子は本来の自己を再発見していく。

もう1本が、夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」(NHK)だ。主人公の笠松ほたる(蒔田彩珠)は就職活動中の大学4年。だがなかなか内定が得られず、途方に暮れていた。

ある日、幼なじみの鍵谷美晴(高石あかり)のキャラクターを借用してエントリーシートを書き、第1志望の会社に送ると通過してしまう。小学生の頃からクラスのもめ事を鮮やかに収め、高校でのトラブルも柔軟な発想で解決した美晴。大学ではダンスサークルの中心メンバーだ。

ほたるにとってうっとうしい存在でありながら、「こんな自分だったらいいのに」と思っていたことに気づく。

その後、1次面接も突破して次へと進むが、気持ちは晴れないまま。最終面接ではついに「あなた(自身)の話が聞きたい」と言われてしまう。一時は落胆するが、仮面をつけて外界と向き合ったことで、逆に自分にとって大切なものが見えてくる。

蒔田はNHK朝ドラ「おかえりモネ」(2021年)でヒロインの妹、「妻、小学生になる。」(TBS系、22年)では堤真一と石田ゆり子の娘を好演。映画「万引き家族」(18年)など是枝裕和監督作品の常連でもある。

今回がドラマ初主演だが、ほたるが抱える自身へのモヤモヤも美晴への複雑な心境も繊細な演技で見せた。

なりすましドラマのヒロインたちが、戸惑いながら得るのは複眼の視点だ。素の自分と別人格になった自分。そのギャップや落差の中に、これまでとは違う自分の居場所を見つけるヒントがある。

年齢に関係なく、誰もが人生を再構築できることを示してくれるのもまた、なりすましドラマの効能かもしれない。

(毎日新聞夕刊 2023.09.16)


【気まぐれ写真館】 ちょっと、ハワイ気分

2023年09月16日 | 気まぐれ写真館


ドラマで木村佳乃は 「芸能プロ」社長役、 夫・東山紀之はリアル社長に

2023年09月15日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

ドラマ『この素晴らしき世界』で

木村佳乃は 「芸能プロ」社長役、

夫・東山紀之はリアル社長に

 

ドラマでも映画でも、「代役」を務めるのは楽なことではありません。

元々は、他の俳優のために用意された役柄です。うまく演じても「穴埋め」といわれ、失敗すればキャリアに傷がつきます。

ましてや『この素晴らしき世界』(フジテレビ系)の場合は主役です。

当初、体調不良で降板した鈴木京香さんの代わりが若村麻由美さんと聞いて、「よく引き受けたなあ」と感心しました。

”代役”若村麻由美さんの主演ぶり

主人公はパート主婦の浜岡妙子(若村さん)。ある日、彼女は芸能プロダクションから驚きの依頼を受けます。

看板女優・若菜絹代(こちらも若村さん)のスキャンダルが発覚し、謝罪会見を開きたい。しかし、本人はアメリカへと逃走してしまった。容姿がそっくりの妙子に代役となって欲しい、というのです。

報酬は300万円。一度だけのつもりで会見を乗り切りましたが、結局、それでは終わらず……。

現在は、本物の若菜絹代が戻ってきたことで急展開。妙子は予期しなかったトラブルやら危機やらに見舞われている状況です。

このドラマ、何より若村さんの主演ぶりが目を引きます。「平凡な主婦」、「大物女優」、さらに「女優になりすました主婦」という3態を見事に演じ分けているのです。

誰かの代役などではなく、若村さんの堂々たる「主演作」と言えるでしょう。

木村佳乃さんは「芸能プロ」社長

そして、若菜絹代が所属する芸能プロダクションの社長・比嘉莉湖(ひが・りこ)を演じているのが、木村佳乃さんです。創業社長の一人娘であり、いかにもお嬢さんっぽい、人の良さがにじむ莉湖を好演しています。

しかし、会社の実権を握っているのは古くからの幹部たち。彼らは、自分たちの不祥事を隠ぺいし、それを明らかにしようとする「お嬢さん社長」を排除しようと躍起になっています。

一方、莉湖は持ち前の正義感と妙子たちの協力によって、経営者として「正しい道」を行こうとしています。妙子や莉湖たちの戦いが、果たしてどんな決着を見せるのか。

現実との思わぬリンク

ドラマは、そのときどきの社会を映す鏡といわれますが、思わぬリンクが起きました。『この素晴らしき世界』第8回の放送を夜に控えた、7日(木)午後のことです。

ジャニーズ事務所が、創業者である故ジャニー喜多川前社長の性加害問題に関する対応を説明する、記者会見を開いたのです。

その中で、藤島ジュリー景子社長の引責辞任と、所属タレントである東山紀之さんの「新社長就任」が発表されました。

妻である木村さんはドラマの中の芸能プロの「社長役」ですが、夫の東山さんは日本有数の芸能プロの「リアル社長」になったわけです。

あまりに多くの課題を抱えた、この事務所のかじ取りを託された形の東山さん。記者会見での話しぶりは、ふとした瞬間、「役柄」を演じている俳優のようにも見えました。

経営者としての力量は未知数ですが、具体的に何から、どんなふうに進めようとするのか、注視していきたいと思います。

 


【気まぐれ写真館】 ベランダ測候所、9月で43℃を記録

2023年09月14日 | 気まぐれ写真館

202.09.13


若手女優の競演「沼オトコと沼落ちオンナのmidnight call」

2023年09月13日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

水ドラ25

「沼オトコと沼落ちオンナのmidnight call

 〜寝不足の原因は自分にある。〜」

(テレビ東京系)

 

期待の若手女優の競演に沼りそうな、

深夜のオアシス

 

水ドラ25「沼オトコと沼落ちオンナのmidnightcall〜寝不足の原因は自分にある。〜」(テレビ東京系)は、いわゆる連続ドラマではない。

30分の連作短編が並ぶ、オムニバス形式だ。

タイトルの「沼オトコ」とは一度ハマると抜け出せず、もがくほど沈む底なし沼のような男を指す。

そして、そんな男たちの魅力に沼ってしまったのが「沼落ちオンナ」だ。

第1話は「計算沼」。カメラマン助手の南祐希(杢代和人)は細かな気配りが出来る、人たらしだ。

しかし、その言動の背後には緻密な計算があった。広告プランナーの白岩夏(小西桜子)は警戒していたにも関わらず、つい祐希に魅かれていく。

第2話に登場したのは「不器用沼」だ。水元若葉(工藤遥)は、同期入社の深谷翔太郎(武藤潤)が気になる。小さなドジを繰り返す姿に母性本能をくすぐられ、放っておけないのだ。

ところが、仕事でミスをして落ち込む若葉を励ましてくれたのは翔太郎だった。実は若葉も彼と同じ不器用な人間であり、それを隠していた自分に気づく。

これは「恋愛あるある」のカタログ集のようなドラマだ。

しかも沼オトコたちはどこか爽やかで、沼落ちオンナたちも輝いている。恋愛という沼は「ハマった本人がシアワセならそれでいいのだ」とさえ思わせる。

小西や工藤といった期待の若手女優の競演に沼りそうな、深夜のオアシスだ。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2023.09.12)


【気まぐれ写真館】 大好きな、そば屋さん

2023年09月12日 | 気まぐれ写真館

 


【気まぐれ写真館】 2023年9月11日の空

2023年09月11日 | 気まぐれ写真館


今月、母校で講演の予定

2023年09月10日 | 日々雑感

松本市民タイムス 2023.09.09

 

 

母校である

松本深志高校。

 

その同窓会の総会で、

講演をさせていただくことに

なりました。

 

毎年、

卒業50年となる

学年の者が

担当するのだそうです。

 

学年幹事の皆さんから

声をかけていただき、

やらせていただくことに

なりました。

 

タイトルは

「テレビとわたし」という

何とも

ざっくりしたものに

してあります。

 

自分でも

どんな内容になるのか、

楽しみです(笑)。

 


NHKスペシャル「映像の世紀バタフライエフェクト~GHQの6年8ヶ月 マッカーサーの野望と挫折~」

2023年09月09日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

日本占領の光と影

 

今年の夏もまた、何本もの戦争関連番組が放送された。その多くは日本の敗戦で終わっているが、歴史の流れが止まることはない。

8月21日放送のNHKスペシャル「映像の世紀バタフライエフェクト~GHQの6年8ヶ月 マッカーサーの野望と挫折~」は、戦後の占領期を舞台としていた。

昭和20年8月末、マッカーサーは厚木飛行場から横浜へと移動する。

イギリスの従軍記者が撮ったプライベートフィルムには、マッカーサーが見たものと同じ景色が記録されていた。

驚くのは沿道の日本兵たちが背を向けて立っていることだ。それは戦勝国の最高司令官を守ろうとする、敬意のジェスチャーだった。

マッカーサーは五大改革と呼ばれる政策を断行していく。婦人の解放、労働組合の奨励、教育の民主化、経済機構の民主化、そして圧政的諸制度の廃止だ。

政治犯や思想犯が釈放され、18年間刑務所にいた日本共産党の徳田球一も出所。

「連合国軍と人民大衆の同情と絶大なる援助のもと、解放された」と笑顔で語っている。歴史的人物の映像と肉声による臨場感はこの番組の真骨頂だ。

また日本国憲法が生まれる過程も興味深い。憲法改正調査会の試案を見たマッカーサーは、日本政府には民主主義的な憲法は作れないと判断し、民政局に草案作りを命じた。

その際、「マッカーサー・ノート」で基本原則を示している。一つは天皇が最上位にあること。もう一つが国の主権的権利としての戦争の廃止、つまり戦争放棄だ。憲法9条につながる考えが、すでに挙がっていた。

しかし、やがてアメリカは占領政策の転換へと動く。民主化・非軍事化に逆行する方針を打ち出す、いわゆる「逆コース」だ。

昭和25年、朝鮮戦争が勃発するとマッカーサーは国連軍司令官となり、治安の空白を埋めるために警察予備隊(後の自衛隊)の創設を指令。自ら手掛けた憲法9条があるにも関わらず、日本の再軍備を進めていく。

マッカーサーは何をもたらし、何を失わせたのか。当時の日本に与えた影響が現在も続いていることがよくわかった。

世界各国から収集した貴重なアーカイブス映像をもとに、歴史への新たな視点を提示するこの番組の意義もそこにある。

(しんぶん赤旗「波動」2023.09.07)

 


『あまちゃん』再放送で、あらためて追体験する「3・11」

2023年09月07日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『あまちゃん』再放送で、

あらためて追体験する「3・11」

 

現在、再放送中の朝ドラ『あまちゃん』。

先週末から今週にかけて、2011年3月11日に起きた「東日本大震災」を描いています。

9月2日(土)に放送された第132回では、番組終了7分前に「2011年3月11日」の表示が出ました。

天野アキ(能年玲奈、現在はのん)は、翌3月12日に「GMT5」と一緒に行うコンサートに向けて、特設ステージでリハーサル中です。

一方、北三陸では、そのコンサートを観るために、ユイ(橋本愛)が北三陸鉄道で出発していきました。

そして、4日(月)の第133回。

走る列車の車内で、コンサートのチケットを手にしたユイが、窓の外に広がる海の風景を眺めています。

そこに、アキの母・春子(小泉今日子)のナレーション。

「それは…突然、やって来ました」

アキの祖母・夏(宮本信子)の携帯の「緊急警報」が響きます。

トンネルに差し掛かった北鉄の車内。

ユイが何かを感じて「…え?」と顔を上げます。地震の発生でした。

東京EDOシアターのレッスンルーム、スリーJプロのオフィス、荒巻(古田新太)の部屋、無頼鮨の店内など、それぞれの場所で大きな揺れに驚く人たち。

列車は、大吉(杉本哲太)の判断で急ブレーキをかけ、トンネルの中で停車しました。

観光協会の無人のオフィス。

菅原(吹越満)が制作中だった、北三陸の「ジオラマ」が映し出されます。

そこに、春子のナレーション。

「3月11日、午後2時46分の時点で、運行中だった北三陸鉄道リアス線の車両は2台」

ジオラマの高台で停まっている車両の模型。

春子「1両は海に迫る高台で停まり、もう1両は畑野トンネルの中…」

車内では大吉が無線で本社の吉田(荒川良々)と連絡を取ろうとしますが、電波状態がよくありません。

ようやく、吉田の声が聞こえました。

「津波! 津波が来ます! 大津波警報、発令! 避難しまーす!」

観光協会のジオラマ。

海を表現していた青のアクリル板が砕けて、陸地に飛び散っていました。大津波の脅威です。

東京では、アキたちがテレビを見ています。

テレビの画面に映っているであろう津波の映像は、視聴者には一切見せていません。

アキの顔に、ナレーションが重なります。

春子「映画か何かみてえだなあ…。とても現実に起こっていることとは思えませんでした」

テレビを見つめ、ざわつく人たち。

春子「周りのみんなも、ウソ~とか、何これ? なんで~? とか、とりあえず声に出すものの、気持ちが追いつかなくて…」

被災地以外の人たちの多くが、そんな状態だったと思います。

列車の中では大吉が、外の様子を確認しようと決意します。

暗い線路の上を歩き、トンネルから出てくる大吉。

その表情!

後ろからユイが来たことに気がついた大吉が言います。

「見るな! ユイちゃんは見てはダメだ!」

しかしユイは、「ごめん、もう遅い…」

信じられないという、ユイの表情。

春子「そこで2人が見た光景は、言葉に出来るものではありませんでした」

観光協会のジオラマ。

トンネルの外には、破壊された橋が。

春子「ただ一つ言えるのは、あの時、ブレーキをかけなければ、2人はその光景を見ることすら、叶わなかったということ」

それが、多くの人たちの明暗を分けた、あの地震と津波でした。

このドラマは、地震や津波を見せることなく、壊れたジオラマと、大吉とユイの表情で見る側に想像させ、その衝撃と被害の大きさを伝えたのです。

本物の映像は多くの視聴者の目に焼きついていました。

何より、被災地の皆さんもこのドラマを見ているのです。

あの日の出来事を思い起こさせるには、必要かつ十分、しかも表現として優れたものでした。

脚本と演出、そして俳優陣の演技に、あらためて感心します。

この後、アキがどう動くのか。再放送でも注目していきたいと思います。

 


「わたしの一番最悪なともだち」蒔田彩珠が 繊細な演技で見せていく

2023年09月06日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

「わたしの一番最悪なともだち」

テレビドラマ初主演の蒔田彩珠が

繊細な演技で見せていく

 

夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」(NHK)の主人公、笠松ほたる(蒔田彩珠 まきた・あじゅ)は就職活動中の大学4年生。

しかし、なかなか内定が出ない。「素の自分」が没個性的であることは承知しているが、どうしていいのか分からないでいた。

ある日、幼なじみの鍵谷美晴(高石あかり)のキャラクターを借用して書いたエントリーシートを第一志望の会社に送り、通過してしまう。

小学生の頃からクラスのもめ事を鮮やかに解決し、トラブルも柔軟な発想で突破してきた美晴。大学ではダンスサークルの中心メンバーだ。

鬱陶しい存在でありながら、ほたるは「こんな自分だったらいいのに」と思っていたことに気づく。その後、一次面接も突破して次へと進むが、気持ちは晴れないままだ。

このドラマ、いわゆる「なりすまし物語」ではない。ヒロインは仮面をつけて外界と向き合ってしまったことで、逆に自分にとって大切なものが見えてくるのだ。

蒔田は、これまでにNHK朝ドラ「おかえりモネ」でヒロインの妹、「妻、小学生になる。」(TBS系)では堤真一と石田ゆり子の娘を好演。映画「万引き家族」など是枝裕和監督作品の常連でもある。

今回がテレビドラマ初主演だが、ほたるの中にあるモヤモヤも、美晴への複雑な心境も繊細な演技で見せていく。

入社後の展開が今から気になって仕方ない。

(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2023.09.05)

 


【新刊書評2023】 4月後期の書評から 

2023年09月05日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2023】

週刊新潮に寄稿した

2023年4月後期の書評から

 

佐藤直樹

『なぜ自粛警察は日本だけなのか~同調圧力と「世間」』

現代書館 1980円

著者は世間学の専門家だ。この国は新型コロナ禍で「同調圧力の陳列室」になったと言う。昔からあった傾向が強まったのは1998年頃。保守化と共に「世間」が復活・肥大化したと見る。その後、「自己責任論」の台頭を経て、「自粛警察」の出現、「小室さんバッシング」、親ガチャなど「宿命主義」の蔓延と続く。見えない世間の正体を知ることで、息苦しさや閉塞感を緩和しようとする一冊だ。(2023.03.20発行)

 

鹿島 茂『思考の技術論~自分の頭で「正しく考える」』

平凡社 3740円

「正しく考える方法」を考えてみようという本書。出発点は『方法序説』のデカルト4原則だ。すべてを疑う。分けて考える。単純から複雑へ。そして見落としの可能性の列挙。これだけでも十分参考になる。さらに著者は二元論、三言論、ヘーゲル的弁証法や吉本隆明にも言及。類似性、差異といった「比較」の効能も分かってくる。何より「自分の頭で考える」ことの大切さこそ最大の収穫だ。(2023.03.22発行)

 

菊地信義『装幀余話』

作品社 2970円

昨年3月に亡くなった装幀者の菊地信義。中上健次『鳳仙花』(ほうせんか)、古井由吉『槿(あさがお)』から山口百恵『蒼い時』や俵万智『サラダ記念日』まで、手掛けた書籍には人格ならぬ“本格”が漂っていた。本書には語り下ろしの談話、講演録、単行本未収録のエッセイや対談が並ぶ。自作を題材に組版・印刷、資材、製本など「菊地装幀」の内幕が明かされる。「紙の本」という豊潤な世界への誘いだ。(2023.03.28発行)

 

斉藤 環『映画のまなざし転移』

青土社 3080円

『キネマ旬報』での連載を軸とした評論集だ。精神科医の著者にとって、映画は「デヴィット・リンチと片渕須直のあいだ」にあるという。片渕はアニメ映画『この世界の片隅に』の監督だが、「映画のための映画」より「何かのための映画」を好む傾向が本書にも横溢している。宮崎駿や是枝裕和、ポン・ジュノからクリストファー・ノーランまで、百数本の映画が精神分析の視点から語られる。(2023.02.22発行)

 

永田 希『再読だけが創造的な読書術である』

筑摩書房 1980円

『積読こそが完全な読書術である』の著者による、読書術シリーズ最新刊。日々膨大な新刊が押し寄せる中で、読み返すことの意味と価値を探っていく。再読はセルフケアであり、自分の生きる時間を取り戻すためだと著者。また再読によって自らが接続しているネットワークが組み替えられる。それが環境の再構築と自分自身を捉え直すことへと繋がるのだ。創造性とは「組み合わせ」であると知る。(2023.03.20発行)

 

チャールズ・M・シュルツ:著、

谷川俊太郎:訳、桝野俊明:監修

『自分を受け入れるスヌーピー

 ~いろいろある世界を肯定する禅の言葉~』

光文社 1540円

右ページでスヌーピーたちのエピソードを楽しむ。左ページでは、それを材料にした禅僧・桝野俊明の禅エッセイを味わう。たとえば、犬小屋の屋根の上でひたすら寝ているスヌーピー。電話などの雑音にも動じない。該当する禅語は、一つのことに集中して無心で取り組む「一行三昧(いちぎょうざんまい)」となる。懐かしのコピーで言えば、「一粒で二度おいしい」キャラメルのような一冊だ。(2023.03.30発行)

 


【新刊書評2023】 4月前期の書評から 

2023年09月04日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2023】

週刊新潮に寄稿した

2023年4月前期の書評から

 

 

若松英輔『読み終わらない本』

KADOKAWA 1650円

批評家で随筆家の著者が架空の若い人に宛てた、「本」をめぐる手紙であり、語りかけだ。しかし発見の多い文章は読者を選ばない。神谷恵美子『生きがいについて』を梃子にして「悲しみ」の意味を探り、石牟礼道子『苦界浄土 わが水俣病』を通じて「いのち」について考えていく。「読む」ことと「思索」が自然に交じり合うことで何かが起きる、と著者は言う。本書にはそのきっかけが満載だ。(2023.03.01発行)

 

山辺春彦、鷲巣力『丸山眞男と加藤周一~知識人の自己形成』

筑摩書房 1870円

丸山眞男と加藤周一はいかにして自らを形成していったのか。その出生から敗戦までの軌跡を対照しながら辿っていく。都市文化が開花する時代に幼少期を過ごし、一中、一高、東京帝大のエリートコースを歩んだ二人。五歳の年齢差はあるが、集団に自分を同一化しないという特質で共通している。同時代の同じ出来事が二人にどのような影響を与え、それをどのように受け止めたのかが興味深い。(2023.03.15発行)

 

矢野誠一『芝居のある風景』

白水社 2640円

2015年から21年にかけて、藝能評論家の著者が「都民劇場」の月報に連載した「當世藝能見聞録」が一冊になった。豊かな見識と鋭い批評眼はあっても堅苦しさはない。たとえば高度成長期、キャバレーに余興のためのタレントを送り込む事務所があった。そんな回想に始まり、話は松尾スズキ演出のミュージカル『キャバレー』へ移っていく。極上の藝能エッセイとして、ゆっくりゆったり読みたい。(2023.03.18発行)

 

古賀太『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』

集英社新書 1100円

坂本龍一が亡くなり、映画『ラストエンペラー』のテーマ曲が何度も流れた。ベルトルッチのあの名作もイタリア映画だったのだ。サイレント期、ファシズム期を経て戦後の傑作、ロッセリーニの『無防備都市』。さらにフェリーニ『道』やヴィスコンティ『山猫』などに繋がるイタリア映画の歴史が一冊になった。「地方色」という特徴が、やがて「国際性」へと転化してく過程にくぎ付けとなる。(2023.02.22発行)

 

門井慶喜『文豪、社長になる』

文藝春秋 1980円

今年、文藝春秋は創立100周年となる。本書は創業者である菊池寛とその時代を描いた長編小説だ。菊地は新聞小説『真珠夫人』で超売れっ子作家となった。雑誌『文藝春秋』の創刊。芥川龍之介賞、直木三十五賞の創設。戦時中の政府や軍との関わり。そして戦後の復活。「愛すべき矛盾」である菊地の内面はもちろん、周囲の人たちとの交流も鮮やかに蘇る。人間・菊池寛の魅力が横溢する一冊だ。(2023.03.10発行)

 

橋本倫史『そして市場は続く~那覇の小さな街をたずねて』

本の雑誌社 2200円

著者は『ドライブイン探訪』などを手掛けてきたライター。立て替え工事に直面した、沖縄県那覇市の「第一牧志公設市場」を4年がかりで取材したのが本書だ。公設市場のある場所は、かつての闇市。県内各地から集まった人たちが店を開いた。特産の田芋と島バナナの専門店。「立ち食い牡蠣」が名物の鮮魚店。舶来物を扱う日用雑貨の店も。そこには沖縄の生きた戦後史があり、沖縄の今がある。(2023.03.19発行)

 


1300万PVに、感謝です!

2023年09月03日 | 日々雑感

 

 

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【気まぐれ写真館】 9月の朝の月

2023年09月03日 | 気まぐれ写真館