遊びをせんとや

毎日できるだけアンテナを張って
おもしろがりながら楽しみたい。
人は「遊びをせんとや生まれけん」です。

秋の上越 酒田、鶴岡、村上の旅 そして新発田へ

2024-11-16 07:25:14 | 旅行
さて、旅も終盤。最後の地、新発田に向かって出発。
ここも大きな都市である。
まず、駅前の蔵春閣へ。
新発田出身の大倉喜八郎(実業家、ホテルホークラ創設者)が東京の向島に建てた別邸を移築したものである。
明治終わりの建物だったが、とても豪勢だった。
假屋崎省吾の花展が開催されていたので入場料が倍に1000円だった。

 
私的にはこの花はいらんかったなという印象。


床のモザイクや


格子天井やクリスタルのシャンデリアがありし日の豪華さを彷彿とさせる。




大倉喜八郎さんと。

次に清水園へ

江戸時代、新発田は溝口家が藩主だった。
ここは元、清水谷と呼ばれていた土地に三代宣直が建てた別邸。広大な庭は四代重勝の時、庭庄田中帯阿によって修復されたこれでもかと言うほど、お茶室があるお庭である。

  


園内には資料館や足軽屋敷など並んでいる。

堀部安兵衛も新発田出身。

公民館で映画「十一人の賊軍」の映画を上映していた。
https://11zokugun.com/

この映画、気になっていたが、幕末の実話だったそうだ。
60年も前に書かれた脚本が蘇る。
藩主の溝口家の家老溝口内匠を阿部サダヲが演じている。
近くの映画館で上映しているので是非観に行こう。

城址に行ったが、敷地内には時間切れで入れなかった。目の前で門が閉められた。残念。
夕暮れがどんどん早くなる。

日曜日だったのでほぼ開いてない商店街の和菓子のお店で旦那と息子は最中と羊羹を買って駅へ。

慌ただしい旅も予定通りのいなほに乗り

電車もスムーズに遅れなく、乗り継ぎもよく、この日のうちに我が家にたどり着いた。

何よりお天気に恵まれ、着物の着れたし、やりたいことはできたが、なんせ、慌ただしい合宿旅だった。
ブログにまとめてみると色んな要素が入り過ぎて、整理していくうちに中々面白い旅だったなと思う。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。