初心者の老人です

75才になって初めてVISTAを始めました。

フジカ・シングルー8

2010年06月05日 20時33分38秒 | Weblog



33・1/3回転のLPレコードの出現で,

音楽界が一変しました.

このLPレコードを乗用車に搭載しようと、

LPレコードの半分の回転数の

16回転の長時間LPが現れました.

33・45・16と今までのSPレコードの78回転と

切り替えられる4スピード・レコード・プレーヤーが

販売されていました.

しかし、この16回転のレコードは普及しなかったようです。





その後,テープレコーダーが現れます

最初は,音声テープを再生機に装填するオープンリール方式でした.

次に、音声テープをカセットにしたものが出てきました.

色々のテープサイズ、エンドレス方式など,

音声カセットが出てきます.

エンドレスでは「8トラック」がありました





1962年(48年前)にオランダのフィリップスから

特許公開で,コンパクト・カセットが登場します.

オープンリール方式の38(サンパチ)・ツートラックの

音質には負けますが,

まもなく、音声テープの磁性体の改良(最後はメタルテープ)で

このコンパクト・カセット一色になります。

                    … … …

東海道新幹線が1964年10月1日(46年前)に開通します.

その年の10月10日が東京オリンピックの開会式です.





1965年にフジフィルムが

「フジカ・シングルー8(エイト)」発表します.

音声テープのコンパクト・カセットのように、

最初から8ミリ巾のフィルムをカセットに入ったフィルムです.

それまでの16ミリフィルムをスプールに

巻かれていた8ミリ用のフィルムを

「Wエイト(ダブル・エイト)」と呼んで区別しました.

                   … … …

シングル・エイト発売には紆余曲折があるのですが、割愛します.

シングル・エイトは新幹線の線路の巾のように、

まったく新しい規格でした。

それまでの「Wエイト」のカメラ,映写機,編集道具は、

まったく使えません。

「Wエイト」カメラのフィルム装填は

カメラのフィルムゲートにフィルム・ループを作って

装填する厄介なものでした.

それが「シングル8」はカメラのフタを開けて,

フィルムカセットを入れるだけの簡単な操作でした.








シングル・エイト

2010年06月05日 00時03分34秒 | Weblog


8ミリ・シネカメラが珍しく手軽に動画が撮れるので,

京都市内の神社仏閣に出かけてしばらく遊んでいましたが,

独身者の悲しさ,家族はいない、子供がいないで

被写体がなくなってしまいました.




プロの映画機材でニュースを取材する場合、

ベル&ハウエルの「アイモ」が活躍していました.

このカメラはもゼンマイで駆動しました。

手で一杯にゼンマイを巻き上げると20秒ほど動きます.

35ミリの100フィートのフィルムで

撮影できる時間は約1分です。





何とも,短い撮影時間でしたが、

数々のニュースの名作がありました。





プロの機材がこのように不便なのですから

アマチュア用の8ミリ・シネカメラがゼンマイの手巻きで、

フィルムが片道約2分しか撮れないのも

別に不便とも思いませんでした.

                   … … …

現在のビデオカメラから見れば何とも不便な機械ですが,

                  … … …

8ミリシネカメラのフィルムは,

16ミリフィルムをスプールに巻いてありました.

16ミリフィルムの半分の8ミリですから、

スプールに巻かれたフィルムを往復使いました.

約2分ほどで片側が撮り終えます,

スプールをひっくり返して帰りを撮ります.

現像処理から帰ってくるフィルムは,16ミリを半分にカットして,

8ミリ巾のフィルムの一本につないで、

約4分ほど映写できるフィルムとなっ返送されます.

                   … … …

映画用の16ミリフィルムの規格を使っていましたから,

フィルムの両側に開いているパーフォレーションが大きいのです.

このパーフォレーションが大きい分8ミリの画面が小さくなります.

画面が小さいので画質が悪かったのです.



やがて、8ミリ専用の規格を作って

パーフォレーションを小さくして,

画質を向上させたフィルムが現れました.

フジフィルムから「シングル・エイト」、

コダックから「スーパー・エイト」が発売されます.