タンドリー・レバカツ
タラの芽のかき揚げ
ニラとモヤシの炒め物
卵焼き
コールスロー




レバー(豚です)が食べたい。食べたい。ニラレバ炒めと、予定していましたが、急にタンドリー味にしちゃえ。そうだ! パン粉があった。と、三段活用的に、タンドリー・レバカツになってしまいました。
レバーの血抜きは、酢と塩に2時間漬けてから、水が澄むまで洗い流しました。その後、ヨーグルト、ケチャップ、ウスターソース、カレー粉に漬け込んでから、パン粉をまぶして、弱火で揚げ焼き。弱火でジワジワと揚げる場合は、油の量も少なくて済むので、無駄が出ないんだ。
レバカツ。臭みも無くて、味付けも丁度良くて美味かった。
付け合わせに、ニラは外せないので、モヤシとタマネギ、ニンニクの野菜炒めに。味付けはタンドリーです。本来ならニラレバ炒めだったので。それだけ詰めていたところ、何ともパッとしないので、卵焼きとレタスをプラスしてみました。
レタスをカップ状に底上げしてあるので、卵焼きに汁は混ざりません。
そして、カツなには、千切りキャベツを外せない。キャベツとればカツ丼です。レバニラ炒め丼だと、ご飯に汁が出てしまうのが嫌だったのです。
タラの芽ももうお仕舞いか。余り芽を出さなくなったので、かき揚げです。
中々、良いチョイスになったとまたも懲りずに自画自賛です。
再三再四書いていますが、現在の日本語の嘆かわしさよ。「だったでしょうか」の「た」、「の方になりますね」の「方」「なる」、「全然美味しい」の「全然」、「ヤバい、これ」の「ヤバい」…。一重に、「ございます」を知らないからだと思っています。
が、しかし、目から鱗の言葉遣いがありました。「とても」です。「とても美味しい」、「とても良い」とか、goodの意味で使われていますよね。それが間違いだと言うのです。
そもそも「とても」は、「到底(とうてい)」が語源なので、「到底無理である」、「到底適わない」と、否定的に使用すべき言葉なのだそう。
それが、どうして現在のようになったのかは、明治時代の女生徒が、流行らせたそうです。
何だか、力が抜けてしまいました。すると数十年後には、「だったでしょうか」、「の方になります」、「全然、美味しい」などなど、当たり前のように市民権を得るのですかねえ?
こうして言葉って乱れていくのだなあ。
しかし、これ日本だけではないような気がします。もう随分と前になりますが、ニューヨークで順番を待っていた時に、若者から、「アー・ユー・レディ」と聞かれました。「レディゴー」の「レディ」です。
「アー・ユー・ウェイティング」なら分かりますが、「用意は良いか」って、この場合遣うかなあと首を傾げました。
多分、若者言葉だったのだと思われます。
因に自分は、「ユー・ウェルカム(どういたしまして)」を、「どこから来たの?」だと思っていて、「フロム・ジャパン」と言い続けた、苦い過去があります(爆笑)。この程度の英語力でもアメリカ横断できたのは、若さだろうな。
ぽっちんが、抜け毛をまき散らして走っています。ほかの仔は、そうでもないのに、個体差ってあるのだなあ。ぽっちんは、少しだけ毛が長く、フワフワの柔らか目だからだろう。柔らかい猫っ毛(当たり前だけど)は、人でも猫でも抜け易いってか。
ブラッシングすると、真っ白で男前になるんだぜ。でも、ブラッシングの時以外は、嫌われているけどな(笑)。
font color="darkgreen">読んでくださいましてありがとうございます。ランキングに参加しています。ご協力お願いします。
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ニラとモヤシの炒め物
卵焼き
コールスロー




レバー(豚です)が食べたい。食べたい。ニラレバ炒めと、予定していましたが、急にタンドリー味にしちゃえ。そうだ! パン粉があった。と、三段活用的に、タンドリー・レバカツになってしまいました。
レバーの血抜きは、酢と塩に2時間漬けてから、水が澄むまで洗い流しました。その後、ヨーグルト、ケチャップ、ウスターソース、カレー粉に漬け込んでから、パン粉をまぶして、弱火で揚げ焼き。弱火でジワジワと揚げる場合は、油の量も少なくて済むので、無駄が出ないんだ。
レバカツ。臭みも無くて、味付けも丁度良くて美味かった。
付け合わせに、ニラは外せないので、モヤシとタマネギ、ニンニクの野菜炒めに。味付けはタンドリーです。本来ならニラレバ炒めだったので。それだけ詰めていたところ、何ともパッとしないので、卵焼きとレタスをプラスしてみました。
レタスをカップ状に底上げしてあるので、卵焼きに汁は混ざりません。
そして、カツなには、千切りキャベツを外せない。キャベツとればカツ丼です。レバニラ炒め丼だと、ご飯に汁が出てしまうのが嫌だったのです。
タラの芽ももうお仕舞いか。余り芽を出さなくなったので、かき揚げです。
中々、良いチョイスになったとまたも懲りずに自画自賛です。
再三再四書いていますが、現在の日本語の嘆かわしさよ。「だったでしょうか」の「た」、「の方になりますね」の「方」「なる」、「全然美味しい」の「全然」、「ヤバい、これ」の「ヤバい」…。一重に、「ございます」を知らないからだと思っています。
が、しかし、目から鱗の言葉遣いがありました。「とても」です。「とても美味しい」、「とても良い」とか、goodの意味で使われていますよね。それが間違いだと言うのです。
そもそも「とても」は、「到底(とうてい)」が語源なので、「到底無理である」、「到底適わない」と、否定的に使用すべき言葉なのだそう。
それが、どうして現在のようになったのかは、明治時代の女生徒が、流行らせたそうです。
何だか、力が抜けてしまいました。すると数十年後には、「だったでしょうか」、「の方になります」、「全然、美味しい」などなど、当たり前のように市民権を得るのですかねえ?
こうして言葉って乱れていくのだなあ。
しかし、これ日本だけではないような気がします。もう随分と前になりますが、ニューヨークで順番を待っていた時に、若者から、「アー・ユー・レディ」と聞かれました。「レディゴー」の「レディ」です。
「アー・ユー・ウェイティング」なら分かりますが、「用意は良いか」って、この場合遣うかなあと首を傾げました。
多分、若者言葉だったのだと思われます。
因に自分は、「ユー・ウェルカム(どういたしまして)」を、「どこから来たの?」だと思っていて、「フロム・ジャパン」と言い続けた、苦い過去があります(爆笑)。この程度の英語力でもアメリカ横断できたのは、若さだろうな。
ぽっちんが、抜け毛をまき散らして走っています。ほかの仔は、そうでもないのに、個体差ってあるのだなあ。ぽっちんは、少しだけ毛が長く、フワフワの柔らか目だからだろう。柔らかい猫っ毛(当たり前だけど)は、人でも猫でも抜け易いってか。
ブラッシングすると、真っ白で男前になるんだぜ。でも、ブラッシングの時以外は、嫌われているけどな(笑)。
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