旅、思いで思い出し           何も知らずに旅にでた!

昔ズート昔、旅をした。何も知らない私が、若かった,若いだけだった!
半世紀前の事....

416 ニコライ遭難

2015-05-23 04:13:31 | 思い出日記
 10年一昔前。時が過ぎるのが怖い今日この頃です。

 ジャンボ機の効率と燃費が悪いので、航空会社のAAは早くに同機をリタイアしました。しかし日本の首相が未だにその飛行機を使っているのは理解できないです。あのでっかい飛行機に何人乗るのか、そして世界各国を廻る、疑問に感じています。
 一回の渡航、各国訪問に幾ら飛行機代が掛かるのかを毎回知らせて欲しいものです。世界で誰がジャンボ機を国の元首が専用機としているか、アメリカの大統領でさえ、ジャンボ使っていないのに...

 先日、原発の再稼働が中止の司法判断が出ました。皆さんにはどうでも良い事かも知れないですが、いえどうでも良くない大津事件が日本中を震撼させたとはこの本「ニコライ遭難」を読むまで知りませんでした。そもそも司法、行政が現在ほど立場が違うとはこんな事かと思ったのでした。それをはっきりさせたのが、この事件でした。

 文明開化と言う言葉が、忘れられた頃、明治24年ロシア国皇太子が日本に訪問しました。その皇太子に日本の警備の警察官が切りかかったのですが、日本史に詳しい私?の知っているのはそこまででした。と言う訳で、なんにも詳しいとは言えないです。御免なさい。

 世界の大国ロシアと開国から明治20年数年、日本はマダマダ小国で幕末に諸外国と結ばれた条約は、いちじるしく不平等条約な状態で残っていたことを知っていると思います。その中で、外国人に対して日本に裁判権が無いとされていたのは知っている人は少ないと思います。条約改正するには、日本の監獄が、収容される外国人には堪えきれない前時代的なものだと非難させていた時代でした。

 西南戦争に政府軍の一翼としてたてられた記念碑にロシア皇太子が頭をさげず、無視したところに、その戦争に従軍した人間、つまり切りかかった人には辛抱できなくなったのか、真相は分からないそうです。
 ただ、司法判断が行政側、時の政府、首相からかなりの圧力を受け死刑を迫ったのに、それに判断を惑わせる事なく、それが開発途上国日本を結果世界から知らしめたのは、時の政府に影響され無い司法判断があったからでした。

後日談で、英雄的に皇太子を守った人力車夫 2人が年当時とてつもない年金として1000円もロシアから受け取ったと言う話がありますが、その後、ロシアとの戦いがあり二人とも惨めな生涯を終えたとも書いていました。 

 2年前に大津に行ったのに関心がなかったのでしたた。今回の原発停止命令から、思ったことを書きました。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする