もし、日記風に今日の記事を記すとすれば、ただ淡々と職業上の優先順位に従って処理すべき諸案件を自宅で処理しただけの一日でした、ということになります。
でも、昨日、レヴィ=ストロースの言葉を引用したときから、今日の記事で話題にしようと思っていたテキストがありました。それは、1963年にその初版が刊行されたピエール・アド(Pierre Hadot)の名著 Plotin ou la simplicité du regard のことです。この神秘的経験への情熱に荷電された美しい散文を読むことで、私たちは、哲学と詩との幸福な結婚式に出席することができます。その招待状は、同書の文庫版 Gallimard « Folio Essais »(1997年)を買うことで今でも簡単に入手できます。
同書の初版の原稿を書き終えた直後の自身の精神状態について、アドが後日語っている文章を引用します。
Mais j’étais heureux, lorsqu’il parut, d’avoir pu m’exprimer personnellement. Je dois dire que j’éprouvais, après l’avoir terminé, les dangers de la mystique plotonienne. J’avais mis à peu près trois semaines à l’écrire, cloîtré chez moi, et quand, sortant enfin dans la rue, j’allai chercher mon pain chez le boulanger, j’eus l’impression, en quelque sorte, de me retrouver sur une planète inconnue. Je n’eus quand même pas, comme Porphyre, la tentation du suicide (P. Hadot, Plotin, Porphyre. Études néoplatoniciennes, Les Belles Lettres, 1999, p. 15).
三週間家に閉じこもって同書を書き上げた後、アドはいつものパン屋さんにパンを買いに出かけます。そのとき、自分でも驚いたことに、まるで未知の惑星にいるかのような感情に捕われてしまったのです。それはまさに神秘主義の危険な領域に踏み込んだからに他なりません。
しかし、このような「異常な」経験をするほどまでに現実から離脱することではじめて、私たちは、今日生まれたかのように新鮮な眼差しで現実を見つめ、その美しさに驚き、そしてそれを「透過する」ことができるのではないでしょうか。